【倉敷奇人伝 No.31】川上幸之介 『パンクの系譜学』が入荷!

「Punk! The Revolution of Everyday Life」という展示が2021年ごろから各地で開催され始めた。一般的には音楽のジャンルとして扱われがちなパンクだけど、そんな単純な話じゃねえだろ、ってことで思想的な面から生き方の哲学に至るまで、もっとトータルに体系化した展示。おお、すごい!
で、風の便りによると、その首謀者は川上幸之介という人で、西の方の奇妙な大学で教授をやっているという、謎の人物。いったい何者なのか。パンクに寄ってたらいかつい怖い人かもしれないし、学者に寄ってたら小難しいつまらない人の可能性大だし、どちらにしてもあまり近寄らないほうがよさそうだ! さらに、西日本の倉敷という謎のエリアに居を構えるわ、斬り捨て御免みたいな名前してるし、何かで遭遇したら「コラー、松本〜!」と、いきなりぶん殴られるか槍で刺されるに違いない。これはいよいよ捕まったら大変だ。よし、触らぬ神に祟りなし作戦だ!!

そして昨年の夏ごろ、アジア圏で木版画やってる人たちが上野で展示をやるというので、見に行ったことがある。ただ、あろうことかその展示会場の隣がPunk展。しまった! 謀られた!
まだ見ぬ強豪・人斬り川上幸之介氏、予想するに、身長は2.5mほどで、人の頭骸骨を砕くぐらいの握力を持ち、棍棒とかギロチンを持って鬼の形相で累々と重なる屍を乗り越えて徘徊してるに違いない。しかもイベントタイトルも、レボリューション・オブ・エブリデイライフ。日々の生活がすでに革命ってことで、そんな朝メシ前に革命起こしてるような強者に見つかったらそれこそ事だ。大変だ〜、殺される〜! 逃げろ〜!!!

さて、版画展を見たあと、そのまま斬り死に覚悟でPunk展へ。しまった、防弾チョッキ忘れた! すると、「あー、松本さ〜ん!」と声がする。振り向くと囮(おとり)風の男が笑顔で物販コーナーに立っている。しまった、囮だ! …と思ったら「川上です!」。ええっ、この人が川上さんなのか〜!! 話が違う! 優しそうな人じゃねえか。騙された!

↑左から、版画展企画のエガミ教授、囮の川上さん、自分、東南アジア圏のパンクに精通する高崎さん(彼も見た目はイカツイけどウサギのように優しい人)。

 普通にめちゃくちゃいい人で、自然な流れで「じゃ、このあとアメ横で飲みましょう」ということになり、他の友達も誘いみんなでアメ横の居酒屋へ。飲みながら川上さんともいろんな話をして盛り上がってると、よく見たらソフトドリンク飲んでる。「あれ、川上さん、お酒飲まないんですね」と聞くと、「いやあ、ちょっと諸事情あってやめてるんですよ〜」とのこと。こ、これはやはり余程の悪事を働いたに違いない。クワバラ、クワバラ。

まあそこそこ飲んだので、ぼちぼち帰りましょうかということに。川上さんも高円寺の近くに泊まってるとのことで、高円寺まで帰るという。ただ、こっちは迂闊にも車で来てしまっていた。というより、出先で飲みそうな時はたいてい店の軽バンで行って、飲んだらそのまま車で寝て翌朝帰るのがいつものパターン。なのでこの時も車を駐車場に停めてた。なので、「いやー、帰りたいんですけど、飲んじゃったし今日はここで寝て帰るので、川上さんお先にどうぞ」と挨拶すると、「いやいや、僕運転して行きますよ! 任してくださいよ」と、アメ横にいたせいか魚屋みたいにノリがいい。ただ、マニュアル車だったので「マニュアルだけど大丈夫ですか?」と聞くと、「大丈夫です!」と二つ返事。景気いいね、どうも。マニュアル車って最近はなかなか乗りこなせる人少なくて、以前も友達に車貸して2回ほど壊れて返ってきたことがあるので、一瞬心配になってしまったが、このアメ横のおっちゃんと化した川上さん「へい!マニュアル一丁〜」って勢いで、これなら大丈夫そうだ。疑って悪かった! よっしゃ、じゃあ高円寺へ帰りましょう〜

こっちは酔っ払ってるので助手席で、悪事に悪事を重ねたおかげでシラフの川上さんが運転席。さあ、出発〜! すると、ものすごく雑なクラッチワークで荒っぽく発進! おお、さすがパンク。それとも、これが全てを知り尽くした真の走り屋のテクなのか!? 駐車場を抜けて大通りに出て最初の信号などでは、青信号とともにものすごい空ぶかしで周囲を威嚇し、左右の車を先に行かせる余裕を見せた後、突如クラッチを繋ぎロケットスタートで急発進して追い上げる!! おお、プロの走り!!
よもやと思って、念のためふと運転席の川上さんを見ると、ものすごい脂汗をかきながら一点を見つめて運転してる。で、「いや〜、教習所以来30年ぶりですよ、マニュアル」と、ぼそっと呟く。コラー、素人じゃねえか!! 何やってんだ〜!

しかし、ここでうろたえてはみっともない。「車が故障したら大変だ」なんてみみっちいい魂胆を見透かされるなんてみっともないことはできない。ここは大きく出て、車の5台や10台大破したところでどうってことない余裕を見せつけて、ひとつ人間のデカさを知らしめるしかない。なんせ相手は革命エブリデーの強豪中の強豪だ。みくびられないようにしないとヤバい!
車の大破炎上なんて朝メシ前で、せっかくだからベンツやフェラーリも巻き込んで10台ぐらい一気に行きましょうや、…っていう空気感を出しつつ、小声で「クラッチ切って」「そろそろ4速に」と、こちらも脂汗を隠しながらアドバイス。さらに、動揺してないことを示すためにもコッソリ手のひらに人の字を書いて飲み込みながら「いやあ、川上さん。今度は倉敷に遊びに行きたいですね〜。2速、2速」などと不自然に世間話を振り、川上さんも「そういえば松本さんの本読みましたよ。面白かったなあ〜。…あっ!」などと、真っ青な顔でハンドルを握る。

謎のチキンレースと化した二人でそのまま平静を装う不自然な世間話をしながら車は進み、渋滞気味の上り坂に差し掛かると、まんまと赤信号になり、よりによってその中腹で止まる。後ろにはピッタリと高そうな乗用車が止まる。こ、これは…。絶体絶命の坂道発進の危機を薄々感じつつも「いや、しかしなんですねえ、昨今の政治は…」などと、話題に窮して明らかに二人とも興味のない会話が始まり、一方で親の仇のようにサイドブレーキを強く引く川上氏。それも束の間、青信号とともにブワーーーンというとんでもないアクセルを踏み込んだ爆音とともに一切発進せず、生まれてこの方見たこともないような白煙がもうもうと立ちのぼり、鼻をつくようなゴムが焼けたようなにおいも上ってくる。やばい! ただ、自分も川上さんもビビったら負けの痩せ我慢の権化状態になってるので、お互い無理に大きく構え、あたかもいつもの出来事のように振る舞いつつも「ああー!」「ワッハッハ」「いいですね〜!」「今日の煙はちょっと多いかな〜」などと叫び声をあげて不自然に盛り上がる。ただ、これハタから見たら完全にシャブ中の爆走車にしか見えないので、すでに周りの車は恐怖におののき、だいぶ車間距離をとり、ものすごく遠巻きにゆっくりと追い抜いていき、おそるおそる抜いた瞬間に急加速で蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

ともあれ、辛うじて坂道を脱出した我が軽自動車は、残りの行程もなんとかこなし、ボロボロの敗残兵のような感じになりながらも九死に一生を得て高円寺に到着。もちろん、お互い何事もなかったかのように「意外と近かったですねえ」「またドライブ行きましょう」なんて心にもないことばかり言いながら「も、もう一杯飲みますか」と、高円寺のなんとかBARへ。

さて翌日、その車を動かそうとすると、ウンともスンとも言わない。エンジンはかかるものの、クラッチが切れず、ギアも入らない。早速、毎度おなじみスズキ自動車の浦井工場長に連絡すると、「あ、それクラッチ焼き切れましたね。交換ですね〜。レッカー呼んで持ってきてください」とのこと。しまった〜! 痩せ我慢するんじゃなかった〜!

とにもかくにも、そんなこともあってマヌケ感全開の川上さんとは仲良くなり、その後も何度か高円寺などで会ったり飲んだりするように。いや〜、よかったよかった。

と、前置きはさておき、肝心の川上さんの新書。これが『パンクの系譜学』という書名で、例のPunk展と同様、思想や社会的な位置付けやらその歴史も押さえて「パンクとは何か」ってのを評したもの。パンクと聞いて騒がしい音楽とか派手な服装しか思い浮かばない人が読んだら「そういうことだったのか〜!」と、びっくりする違いないし、パンク通の人にとってもすごくいろんなシーンの背景のことなどが書かれていて面白いと思う。そもそもこの川上さん、パンクが好きすぎてマニアックなこと調べすぎて頭がおかしくなって教授になっちゃったぐらいなので、誰も知らないような情報も死ぬほど入ってる。これはすごい。

そんなわけで、さあ買った買った〜。素人の乱5号店で売ってるよ〜

<注意>川上さんは以上の文章読まないでください。