豊橋市からの郵便物、来る。〜79歳のじいさんの激闘〜

年が明け、年賀状などが送られてくるが、こちらはたいてい無意味なしきたりのために書かれたようなものばかりなので、見てだいたい0.5秒以内に捨てる。ところが、そんな中に謎の筒状の郵便物が! もしや爆弾か!?

開けてみると、なんと豊橋カレンダー! なんだこりゃ〜
よく見たら豊橋市職員の人から!
しまった、最近無意味に豊橋を持ち上げまくってたから、豊橋に狙われている!!! さすが、ええじゃないか発祥の地と言われる豊橋、恐るべし! しまった! こうなったら、今年はこれを使うしかない!!

さらにもう一つ。愛知県地図のカレンダー。う〜ん、これを東京で貼ってる店とか愛知県人以外にいるんだろうか。いや、愛知県人ですらこんなもの貼らないはずだ!
ちなみに、カレンダーの隙間から、チョコレート菓子のブラックサンダーがバラバラと落ちて来た! ちなみにブラックサンダーは豊橋出身のお菓子。どれだけ豊橋愛が強いんだ!!

新聞で包装されており、ただの包み紙かと思って一回捨てたんだけど、後から聞いたら包装紙も重要だというので、ゴミ箱をあさって見つけ出してみると…。当然のように中日新聞。もちろん名古屋を無視したスタンスの三河版。そして…
愛知大学の記事だった!! ちなみに、自分も学生時代に豊橋の愛知大学のやつらと仲良くなってから豊橋に通うようになったという過去がある。うーん、芸が細かすぎる!!笑

で、せっかくなので、その新聞をもう少し見てみると…、愛知大学の記事の脇に「事件事故」欄が。
おや、この記事は…?

ギャー!!!!!!
豊田のじいさんの事件が強烈すぎる! 79歳のじいさんが71歳のじいさんの軽トラに石を投げてフロントガラスを割ったという、テンションの高い事件! しかも、市内の資材置き場での激闘。完全にビーバップハイスクールの世界だ! いや〜、70代熱い!
もちろん、これだけの情報だと何があったか分からないので、どっちが悪いのかとかは分からないが、とりあえず熱い局地戦が繰り広げられていたことは確かだ。
しかも、この超三面記事なのが最高。やはり地方紙の三面記事はネットでは絶対出てないニュースが山ほど載ってるから、レベル高いな〜!! 

衝撃の大阪作戦、ついに決行!!

いや〜、大阪行ってきました。今回の緊急作戦の目的は上の写真の通り。前々から計画されていたまこの計画が、まさかこのタイミングで開催されてしまうとは!!!!

いつも飲んだくれてる人と(右)、毎度お馴染みの大バカ(左)

さっそく大阪へ。到着してすぐに迎えてくれたのが、現在大阪に住んでいるこの人々。う〜ん、またこいつらか!!!!
まずは生野のコリアンタウンで韓国料理。コロナのせいで海外に行けない今、池袋の中国人街や鶴橋・生野のコリアンタウンなど、本場っぽい雰囲気があるところはありがたいね〜

夜はなんとこちらへ!! おおー、最近きてなかったけど、まだまだ健在! おおー、盛り上がってますね〜。しかし、ここの界隈のやつらはいつも楽しそうだ!!! ちなみに、写真の人とは台湾で偶然会って以来。世界は広い! いや、狭い!! いや、ともかく来てよかった。

そして次は、さっきのところの近くにあるこちらへ。ここもものすごい久しぶりで、下手したら10年ぶりぐらいかもしれない。雰囲気も変わらず同様にいい感じだった。

前代未聞の新作戦

そしてお次はこちら。ここは初めてだったけど、大阪人の紹介によって連れてきてもらった。いや、すごい。写真を見てもらえればわかると思うけど、まさかこんな裏技があるとは思わなかった。さすが大阪!!!! 心強い。勉強になるな〜
皆さんもぜひ、これからはこういう作戦で! 未来は明るいね〜

夜中には、飲んだ帰り道に、友達のキックボードを奪って逃げようとしたら、思い切りコケて負傷したので、いじけて帰って寝る。

翌日は、西成あたりに行ってみる。cocoroomという、知り合いがやってるカフェとゲストハウスがあるので、ちょっと行ってみたけど閉まってた。高円寺でもゲストハウスは潰れる寸前だから、こっちもちょっと心配。ま、cocoroomはまた今度にでも。

完全に高円寺にいるみたいな雰囲気!

そして、その次はこちらへ!!!! おおー!!! この辺りも久々に来たけど、こっちの方はまだ全開で飛ばしてていいですね〜。知り合いの紹介で行った場所はこちら。いい感じだ〜
ここでも、久々に会う友達に何人も遭遇し、大阪は相変わらず大阪だった!!!!

めでたしめでたし。

スズキアリーナ・浦井工場長の死闘!
ドラえもん号、アフリカに旅立つ

素人の乱5号店の営業車のうち、もっとも古いのが、青と白のドラえもんカラーのこの一台。スズキのエブリイだ。
これは素人の乱5号店をオープンする前年の2004年に中古車で入手したもので、年式は1994年製。もはやビンテージ目前の状態。

19万8000円で買った当時ですら、かなりポンコツ感はあったが、なんとか修理し続けてしぶとく生きながらえる! 素人の乱開業準備中の資材や荷物の運搬はこれ一台だったし、初めて本を出版した時の西日本ツアーもこれで日本半周したし、それ以来も店の営業車として稼働しながら、各種イベントなどの時も出動してきた。デモなどにもこれで出動したこともあったが、見た目がボロすぎて自動車爆弾にしか見えないので、多くの警官たちを震え上がらせてきた。
色は元々黒だったが、一度友達に「好きに使っていいよ」と貸したら、真ピンクになって返ってきた!!! しかも、無数のかわいらしい模様に加え「LOVE & PEACE」と描かれている!!!! これは完全に嫌がらせか!? 好きに使っていいって、そういう意味じゃない〜!!!
で、しばらくそそのまま乗ってたけど、あまりに恥ずかしいので、また再塗装。たまたま余っていた青と白のペンキがあったので、それでツートンカラーに。で、完成してみると、みんなから「この配色、完全にドラえもんじゃねーか」との感想。あ、確かに!!!

ちなみに、この年代の車は今の車みたいにいろんなところがコンピューター制御されてないから、クラッチとアクセルの操作次第(当然マニュアル車)で自在に操れるところがいい。後輪駆動でエンジン音も心なしかスポーティーな感じなのも時代を感じさせてまたいい。

しかし、とは言ってもポンコツ車はポンコツ車。年式が20年落ちになる頃から、かなりガタが来始めた。高速道路で100キロ以上出すとドアが取れそうになるし、各パーツも劣化が激しくて交換頻度も上がってくる。これはヤバい!

で、車検のたびに、やたら金がかかるようになってくる。当時はよく無謀にも林道を走ったりもしてたから、足回りもかなりガタが来ていて、ある時など車検に30万円以上かかる状態になった。その時などは、いつも車検を見てもらってる、荻窪にあるスズキアリーナの整備の人からも「この状態で30万以上かけて車検通す人はあまりいないですけどね〜」と、心配されたけど、苦渋の選択で足回りを全交換するという一大決心で、さらに延命。

ちなみに、すでに15年ほどこのドラえもん号を見てもらってるので、スズキアリーナの荻窪店でも有名な車になっており、ピカピカの新車が並んでるところに、この見たこともないようなポンコツ車が乗り入れるだけで、「またあの車が来たぞー!」とスタッフたちの間で騒ぎになるぐらい。
最初は、新車営業の人も「そろそろ買い替えの時期だと思いますよ」などと説得を試みてたけど「いや、ここはやはり修理で」と、毎回頑なに直し続けてたので、すぐに諦めて営業は一切して来なくなった。それどころか、車がおかしくなって持っていくたびに、スズキの人たちも「いや〜、直しますか! まだ大丈夫でしょ」みたいなテンションになってきて、やたらやる気出して直してくれるように! おお、これは頼もしい!

そこで登場するのが、スズキアリーナ荻窪店の工場長の浦井さん。これだけのポンコツ車だから、「こんなクセのある車、若え奴らには任せらんねえ」とばかりに、いつも自ら修理してくれていた。
ある時、縁石に乗り上げてしまい、思いっきり腹を擦ってオイル漏れを起こした時も、レッカー移動を頼んだJAFのベテラン整備士の人が、「いや〜、ここまで行っちゃったらエンジン交換か廃車は免れないですよ〜」と、いうので、ついに終わったかと観念した。ところが、この時も浦井工場長が「俺に任せろ」とばかりに腕を振るい始め、数日後に電話があり「なんとか最低限のパーツ交換で直りましたよ! いや〜、ギリギリでした!」と、大喜びで電話があり、3万円ほどで直してくれた。すごい! っていうか、悪どい整備工場だったら直るものでも「いや〜、これはもうダメですね」と買い替えたりバカ高い修理をさせようとしたりするもんだけど、このやる気を出しまくって直しちゃうところがいいね〜

関係ないけど、先代の工場長がまた同様にやばかった。15年前当時はまだ荻窪店の社屋も古くて、駐車場に雑草も生えてて猫も昼寝してるようなボロボロの片田舎の町工場みたいな感じ。この感じがまた最高だった。元々、車の正規ディーラーってあまり好きじゃなく、町工場のような整備工場の方が良かったんだけど、一応一回行ってみたところ…、町工場よりボロいじゃねーか! ってことで、整備はここにお願いすることに。
で、当時の工場長の白髪のおじさんがまたやる気ゼロで最高。ただ、修理の腕前だけは完璧。ある時、ちょっと調子悪い感じだったので、念のため見てもらいに行ったら、点検してくれたんだけど「ま、これぐらいなら放っとけばいいよ。大したことない」と、直してくれない。「あ、そうですか。そうだ、点検費は?」と聞くと「いらない」と、そっぽ向いてどっか行っちゃう感じ。
うーん、売上を上げようという、車のディーラーにありがちな嫌な感じが一切ない。いや〜、ここの整備の人たちは職人っぽくていいね〜

浦井工場長

で、今年もついに車検の時期が到来して、つい先日、例によってスズキに持っていく。じゃ、「見ときますね。必要整備箇所とか分かったら連絡します!」と、ご機嫌の浦井工場長。
そして、いつもはすぐに連絡をくれるんだけど、今回に限り、何日経っても連絡が来ない。あれ、忘れたんじゃないかと思った頃、浦井工場長からの電話が。「いや〜、松本さん。実はですね…」と、ものすごい暗い声。もう家族でも死んだ時のお知らせみたいなテンション。「今回ばかりは厳しいかもしれません…。詳しいことは直接…」とのこと。

これは一大事と、スズキに向かう。
すると、工場長、完全にお通夜のテンションで「どうしても、排ガス規制をクリアできない」とのこと。どうやらエンジンが限界らしい。「いや〜、松本さん、この車にかなり愛着持って乗ってるのは知ってるので、私たちもどうにかしてクリアできないかと、いろいろやってみたんですけど、どうしてもダメで…。申し訳ありません!」みたいな感じ。さらには「いや〜、この車は15年前から見てるので、どうにか直したかったんですが…」と、やたら残念そう。普通はダメになったらここぞとばかりに新車に買い替えさせようとするもんなんだけど、そうではないところが信頼のおけるところ。

これを車検通すとなると、とんでもないお金がかかるとのことで、さすがに車検は断念。残念ながら手放すことに。工場長も残念そうで、「いや〜、あれはピンク色だった時代もありましたよね〜。あれはまだうちの店も旧社屋の時代でした」とか「前々回の車検では足回りをだいぶ新しくしたので、その辺りはまだ元気に行けると思ってたんですけどね〜」みたいに、昔話まで語り始める! やはり、完全にお通夜の時の親戚のおじさん状態だ。

で、「では、一応形だけなんですが、ご紹介だけさせてください」と、新車のパンフレットを持ってくる。すかさず、新車営業の別の社員の人もやって来て、浦井工場長の隣に座る。で、いま新車を買った場合は、どういうオプションでいくらぐらいするかとか、最新の装備はどうなってるか、などの説明。ま、この辺はマニュアル通りにやらないといけないんだろう。説明する浦井工場長の心が一切入ってない。営業の人も説明してくれるが、この辺りはもう、いかにも車のディーラーという感じ。ま、営業の人はそれが仕事だから、まあそういうもんだろうけどね。

ただ、こちらもあまりピカピカの新車っていうのはあまり興味もなかったので、「でも、やっぱり古いやつの方が味があっていいんですよね〜」とか「ギアレバーの位置が昔のやつの方がいいな〜」などと、うかつに突っ込んでしまう。すると工場長もすかさず「そうなんですよ。松本さんのエブリイはキャブレター車だから、アクセル踏んだ時のエンジンの感じとかがいいんですよ」とか、「やっぱり、昔のスタイルがいいっていう話よく聞くんですよねー。それ、わかります」とか、いろいろ話し出す。隣の営業の人が非常に気まずそうな感じになってくる。営業側からしたら「おい、浦井! ここはこの客に新車買うように誘導するところだろ」と、心の中で思ってそうだけど、何せ工場長はこのスズキアリーナ荻窪店の中でも最古参の重鎮。二人が古い車の話で盛り上がるのをじっと聞いてるしかない。

さすがに営業の人がちょっとかわいそうになって来たので、一応話ぐらいはさせてあげた方がいいんじゃないかと思い、「でも、やっぱり新車は燃費とか結構いいんじゃないんですか?」と、話を振ってみる(我ながら優しい!)。するとすかさず浦井さん「いや、ところがですね…」と、続け、「昔の車は今より安全基準が緩かっただけに、安全装置がない分車体が軽いんですよ。さらに当時は軽自動車の車格もひと回り小さかったので、より軽いんですよね。だから、結局昔の車の方が燃費よかったりするんですよね〜」とやたら楽しそうに解説! こっちも「おお、そうなんですね!」となって、また古い車の話で盛り上がり始める。工場長も、「燃費いくらでした? 街乗りは? 高速は? …そうでしょ? 結構いいですよ、その燃費。今の車じゃ、なかなかその数字出せませんね」と、言っちゃいけないことばかり言いながら畳み掛けてくる。
話題は、古い車の話からバイクも乗ってるって話にまでなってきて、いよいよ新車と関係ない方に。バイクの話になってくると、こっちも嫌いじゃないので、自分のバイクはホンダだということになり、工場長もノリノリで「私のはカワサキで。スズキじゃないんですよ、これがまた」みたいな話になってきて、ついにはスズキの話ですらなくなってくる。隣で新車のパンフレットを持って座ってる営業マンの立場が、完全に意味不明でいよいよ気の毒になってくる。
最後は、工場長も一応「中古車はクセがあるから下手なのを買うよりは新車の方が安心ではありますけどね〜」と、辛うじてスズキ社員のメンツを保つ。ということで、まあ一応新車も検討しておきますねってぐらいになって、スズキを後にする。

いや〜、整備部門の技術者たちはやはり基本職人なので、こういう感じがいいね〜。整備の人までやたら商売っ気出してきたら、嫌になるからね。本当、全国の整備の人もこうあってほしいね。皆さんも、車の整備はスズキの浦井さんへ!


さて、車検も通らず、取り残された愛車ドラえもん号。
廃車か、駐車場に放置して物置になるか…。自らの手でこの車を葬るのはどうしても気が引ける。いや、ちょっと待てよ、もしかしたらこれを欲しいっていう物好きがいるかもしれない。ってことで、試しにヤフオクに出してみる。すると、30000円で落札された! おおー、なんとか生きながらえることができるか!!!!

そして、約1週間後、買った人が高円寺駅まで取りに来るというので、駅前で待ち合わせる。いったいどんな人がこれを買ったんだろう〜
すると、なんと黒人の兄ちゃんが「ハイ〜」と現れるではないか! おおー、まさか! で、話を聞いてみると、海外に輸出するっていう。どこか聞いてみると、なんと「アフリカだよ。どこの国になるかはまだわからないけど」だって。うわ〜、最高!!!! 車検などの厳しい国内だったら、なんとか車検通したって、2年後の再車検あたりで廃車で、その後は良くて物置がわりか。または、それこそ自動車爆弾が関の山だ。いずれにせよ短命だろう。だけど、アフリカだったら、車検の緩い国もいっぱいあるだろうから、まだ相当長くは乗ってくれそう! これはいいね!

まさか、アフリカの大地をあの車が疾走することになるとは! 香港人の友達が書いてくれた「素人の乱」と書かれた字も一応消したけど、普通に見える状態。さらにはドア裏には「スズキアリーナ杉並・ウライ」と書かれたオイル交換時のステッカーも!
20年ほど経った後、アフリカに旅行にでも行ってあの車が疾走してるのを見たら感動するだろうな〜


下の動画は、高円寺駅前で引き渡し、去っていくドラえもん号。アフリカに行っても元気でいるんだぞ〜

高円寺奇人伝62 小泉兵義

高円寺。それは魑魅魍魎が蠢く四次元空間のような世界。世界的に街の開発が進み、各地が無機質な街並みに塗り替えられているにもかかわらず、頑固一徹・高円寺の街のみは、あいも変わらず完全に意味不明の世界。
昭和感満載のレトロな雑多感ある町などは、いろんなところにある。しかし、高円寺の恐ろしいところは、続々と謎の店やスペースが新たにでき続けているところだ。こんな街は日本でも稀有な存在だ。

そこへ、また一人の男が立ち上がった。小泉兵義氏である。
この人物が、この群雄割拠の高円寺の商店街の中で、満を持して新スペースを開くことを決断したのだ。

小泉兵義氏近影

社会の理不尽を許さない正義感の強い社会派の小泉氏は、常に巨悪に立ち向かい、己のポリシーを貫くハードボイルドな人物だ。多くの人が見て見ぬ振りをするような政治的な問題にも臆することなく声をあげ、しかも常に裏方に回りつつも、その崇高な理想を求める姿は誰にも止めることはできない。

そして一方、厨房に立つときは無駄口は一切聞かず、無口のままイタリアンからメキシカンまで各国料理を巧みに料理し、各種カクテルをも変幻自在に作る料理人の側面も持ち合わせている。
そんな小泉氏が、ついに自らの店舗を持つという決断をしたことに、高円寺の各界は戦々恐々と固唾をのんで注目した。今まで「高円寺はダメ人間の掃き溜め」などと好き放題言われていた高円寺の汚名をついに晴らす時が来たのではないか? バカにされながら高円寺で死んで行った死屍累々の無念に一矢報いることができるのではないか? 青山、六本木、銀座、赤坂などに出しても全く引けを取らないような名店が登場するのではないか、と、そんな期待を一手に集めた!

そして、10月5日。ついに、そんな明日の高円寺の流れを決めるようなグランドオープンの日を迎えた。

が、意外とショボい店だった!!!!!

なんだこりゃ〜。完全に下町の立ち飲み屋じゃねーか!
カウンターはその辺から拾ってきたようなベニヤ板がカラーボックスの上に乗ってるだけ。それが店主を囲むようにコの字型に並んでるという、吉野家と完全に同じレイアウト。店主小泉くんの座る椅子はもちろんビールケース。
古着屋時代の内装のままのため、壁から棚から真っ白。おまけに天井の照明も真っ白の蛍光灯なので、光の量はファミリーマートと同じぐらいで、万引きしたら3秒でバレる明るさ。

上の写真のように、ハードボイルド感0%で子供のようにご機嫌の小泉氏(左下)。

メニューはレモンサワー250円、ビール大瓶550円など。こりゃ、確かに銀座や赤坂のやつらが腰を抜かす価格帯。異常に明るい狭い店内で250円の酒を飲みまくるという、恐ろしい状態だ。でも、これどっかで体感したことあったな〜、と思ってたら、ふと思い出したのが山谷とか西成にある酒専門の自販機コーナー。明るいうちからニコニコしたおっちゃんたちが集ってきて、自販機のワンカップとか飲んで居酒屋化してる、あれだ!!!! この蛍光灯、白い壁、安酒の立ち飲みスタイル。同じ光景だ!!!!

そして、特に期待もせず、ふとフードメニュー、いや壁のお品書きの短冊を見ると、小さい読みにくい字で「キャビア」。なに!!?? そうか! やはり小泉氏、前面には立たず、陰でそっとキラリと光るものを出してくる、あの感じなのか!? さ、さすがだ!!!! そうきたか。
こっそりと小声で「あ、キャビア?」とつぶやいてみると、小泉氏もすかさず反応し「あ、それニセキャビアだから300円ね! キャビアもどき。味は似たようなもんだよ!」と、浅草の立ち飲み屋と全く同じ返答。しかもよくよく見たら、他のメニューも全部読みにくい字。チキショー、騙された!

でも、そうやっていながらも実は裏メニューがあったりするのが、この手の店の卑怯なやり口。そりゃそうだ、内装もメニューもこれだけだったら、本当に自販機コーナーと同じじゃねえか。なんかひと工夫考えてるんじゃないか? いや、そうに違いない。ずるいね、また。わざとこんな自販機コーナーみたいな内装にして、裏でこっそり隠しダネ出そうなんて。さてはそうやって人から尊敬されたりモテたりしようなんて目論んでるんじゃねーだろうな。そうはさせねーぞ、こんちくしょう。

「マスター、得意のパスタとかナチョスとかないの?」と、ちょっと聞いてみる。すると小泉氏「ないよ。めんどくさいじゃん。こんな厨房じゃできねーし」だって。ねーのかよ。 コノヤロー、また騙された!!

高円寺の商店街の路面店。しかもコンビニより明るい照明。目立ってしょうがないので、通りがかりの知り合いやら、飲む場所を探してウロついてる酔っ払い、ガールズバーの仕事帰りの女の子、近所で店やってる人、二十歳そこそこのヤンチャな奴ら、バンドマン…。完全にザ・高円寺な人々がどんどん立ち寄って飲んでいく。
みんなしみったれた飲み方は好きじゃないので、「マスターも一杯飲んで!」と、1000円札を出す。ところが、変なところで急にカッコつける悪いクセがある小泉氏は「僕は〇〇しか飲まないから、ちょっと高いよ。いいの?」と、急に訳のわからない酒の名前を出して勝ち誇ったようにクールに言い放つ。一瞬怯んだお客さんも「いいよいいよ、開店祝いだし、飲んじゃって!」と景気がいい。ま、高いって言っても聞いたら400円。確かにレモンサワー250円に比べれば確かに高い。
なんだか薬酒のような味のする謎の西洋の30度以上の強い酒。「これは薬だから、いくら飲んでも俺は大丈夫なんだよ」と、謎のハッタリをかまし始める。「じゃ、私も一杯おごります」「じゃあ、俺もおごっちゃおうかな」と、小泉氏の前に大量にグラスが並ぶ。冷静な人は「いや、やめたほうがいいよ。こんな飲んだらひっくり返るよ」と諭すが、「大丈夫大丈夫。これ薬だから。逆に目が覚めていいんだよ」と、やはり自販機コーナーな会話。

で、その怪酒を6〜7杯立て続けに飲んだ後の小泉氏。いきなり訳のわからない踊りを始め、完全にヘベレケに!!
周りからは「ほら〜、大丈夫?」「店閉められるの?」と心配されるが、「大丈夫、大丈夫。全然問題ない…」と、まな板を落としたりカウンターの板をひっくり返しそうになる小泉氏。もはや直立も怪しい状態に!!!
やばいやばい、このままぶっ倒れるという、まさに自販機コーナーの定番コースか!? 急にみんなが心配そうに声をかける。初日からノックダウンなのか!?

すると!!!!
突如、大爆笑し始め、饒舌にいろいろ話し始める! おお、不死鳥のように蘇った!!!! 恐るべし、小泉!!!! あの酒は本当に薬と同じなのか!?
みんなもほっと胸をなで下ろす。いや〜、よかったよかった。

いや、やっぱりダメだ!! 地面に座り込んだ!

そして、立ち上がるか寝るかの瀬戸際で自分との死闘を繰り広げる小泉兵義! 「全然余裕だよ。まだまだ行ける!」と、蚊の鳴くような声で、まだしぶとく大口を叩く。パンチドランカーならぬただのドランカー。立て! 立つんだ兵義!!

ダメだったか〜!
コテっと寝に入る小泉氏。
「あ〜あ、マスター寝ちゃったぞ」とみんなで店を片付け始めるお客さんたち。風邪ひかないように毛布と枕を持ってきて、店をあらかた片付けて、ひとり、またひとりと帰っていく。

そして、小泉氏ひとりを店に残し、静かにシャッターを閉めてお開き。小泉氏は、このまま朝まで深い眠りについたのだった。

そして翌日、「ここはどこだ!? 俺はなんでここで寝てるんだ!?」とものすごい驚いて飛び起きたとのこと。「昨日大丈夫だった? 今日は大丈夫なの?」と尋ねた人がいたが「今日? 開けられるわけねーだろ」と一言を残し、ボロ雑巾のような姿で帰宅の途についたという。

そして開店第2日目の10月6日。このシャッターが開くことはなかった。開店初日で飛ばしすぎて、1日のみで閉店。また高円寺に新たな伝説が刻まれた。果たして、この固く閉ざしたシャッターが再び開くときがくるのか?

「小泉自販機コーナー」。明日から毎日、生きてるかどうかをみんなで様子を見に行ってみよう!

小泉自販機コーナー
杉並区高円寺北3-4-12

豊橋作戦③ 玩具卸売店での死闘!

さあ、佳境に入ってまいりました、豊橋作戦。ここまでしぶとく豊橋に居座るやつはそうそういない。豊橋人たちは「これといった名所も名物もないよ」というが、数十万人の人間がいる場所で何もないはずがない。
ってことで、さらに掘り下げていきましょう、豊橋!!

さて、さっそくやってきたのが、こちら。おもちゃの卸売店。昨晩、街を歩いていたときに発見した、いぶし銀のオーラを放っているこのお店。その時はすでにシャッターが降りていたので、翌朝に再チャレンジ! 永田さんはじめ、豊橋人に聞いてみても、今やってるかどうかは定かではないとのこと。ただ、みんな「あの店、超いいから絶対行ったほうがいいよ〜」と、オススメ。うわ〜、そう言われるといよいよ行きたくなる! すごい古い店舗だから、場合によってはもう営業していないかもしれないな〜

さあ翌朝。行ってみると、なんと、昨日は完全に閉まっていたシャッターが、下から40センチぐらい開いている! おお、これは人がいる気配! さらに、1時間後ぐらいにもう一度行ってみると、今度は下から1mぐらいシャッターが開いている。おお、さっきより開いた!!!! 動きがある! でも、このままシャッターが全開するのを待ってると、そのまま日が暮れてしまうので、ここは思い切って店内に!!!
「やってますか?」というと、おばあちゃんが奥から一人出てきて、「あ〜あ、やってないけど、入ってきちゃったからしょうがない。見たきゃ見ていきな」という、すごいご挨拶。で、すぐにおじいちゃんも奥から出てきて「おや、お客さんかい?」という。聞けば、二人とも最近は体の調子が悪く、大変だからお店はほとんど開けてないとのこと。この日は天気が良かったから、たまたま戸を開けてたんだという。

玩具といっても、おもちゃ屋さん用ではなく、駄菓子屋さんや縁日の屋台で売ってるような、もうちょっとチープなおもちゃの卸売店。しかもすごいのが、商品は全て、30〜40年前の当時の在庫。確かに自分が子供の頃持ってたものと全く同じものがここにはたくさんあった。記憶の奥底にあったおもちゃのデッドストックがまさかあるなんて!!! 今となっては完全に宝の山だ。すげ〜!! おばあちゃん曰く、「なんだか知らないけど、わざわざ東京の人がやたら連絡してきて売ってくれっていうんだよ」とのこと。東京のバイヤーなんかが必死で仕入れようとしてるらしいけど、このおばあちゃんおじいちゃん、当然インターネットもやらないし、電話に出るのも面倒くさいから、店にコンタクトが取れるバイヤーたちもごく少数の様子。

「これいくらですか?」と聞くと、「それは単価200円のセットで2400円」「それはボタン押すと光るよ」などと、的確!! おお! おばあちゃん、結構いい歳だと思うけど、さすが商売人。全て把握している! おじいちゃんの方も負けじと「それは500円だ」とか口を挟むが、おばあちゃんは、「お父さんは黙って。いいから奥に引っ込んでな!」と、手厳しい。「ごめんね、うちのお父さん最近、痴呆がひどくてね」とのこと。

せっかくなので、お土産がてら少し買って帰ろうかと、面白そうなものを探してみる。買いたいものをいくつか出してまとめて並べておくと、おばあちゃん「アンタ、引っ張り出すのはいいけど、見たらちゃんと元に戻しときなよ」と、厳しい。「もうこの歳になると、片付けるのとか大変だからねえ。奥の方の棚なんか、もう出せないからね」と、動くのも面倒な様子。あ、確かに。急に来てちょっと悪かったかな〜。
「あ、いや、これ全部買ってもいいですか?」というと、おばあちゃん態度が急変。急にご機嫌になって「アンタ、これ見なさい。これはいいよ」などと、別のおもちゃも勧め始める。この客は金出しそうだなと感づいた瞬間に商売人モードに切り替わる感じ、自分も商売人だけに思い当たる節がありすぎる!!! さてはばあちゃん、同族だな! 挙げ句の果てには、「これなんか今はもう手に入らないよ。アンタが生まれた頃のものだろ」などと言いながら、立ち上がってやたら棚の奥の方から古い箱を引っ張り出してくる。あれっ、ばあちゃんさっき、その奥の棚のものは出せないって言ってなかった!?

そうしてる隙に、永田さんとユミちゃんもいろんなものを物色しまくっている。高いところにあるものを取ろうとすると、すぐにじいちゃんが「アンタ、ちょっとあれ取って!」「これはあそこに戻して!」「そこは落ちるからダメ、右、右」と、やたら指図が飛んでくる。やばい、じいちゃんばあちゃんの二人からこき使われて、完全に息子のような扱いになってきた。

と、油断していると、ばあちゃん小声で、「あれー、さっき単価50円って言ったやつ、100円だったかな〜」などと、ブツブツ独り言を言い始める。しまった、あれだ。さっき、小さいコマの形をしたおもちゃが1個50円と言うので、「じゃ、24個入りやつを4箱とも買っちゃっていいですか?」と、唯一まとめ買いしたあれだ! やばい、これが倍の値段になるのは厳しい! すると、じいちゃんが「これは500円だよ」と言い出す。おい、10倍は勘弁してくれ! と、ばあちゃんがすぐに「それはないでしょ、せいぜい200円だよ」。しまった、すでに4倍になってる。じいちゃん、さてはボケてないな!? タイミングが絶妙すぎる!! で、最後にばあちゃんが「よし、じゃあ単価100円でいいよ!」との決断。で、思わず「本当ですか? ありがとうございます!」。…でも、よく考えたら最初と比べて倍になってるじゃねーか〜! してやられた!! こちらは「ま、じゃあやっぱり2箱減らして買うのは2箱にしとこうかな」と、ささやかな抵抗。

さて、正直このお店、宝の山。もし金もうけのことしか考えてない無粋なバイヤーが気づいたら、一瞬で店の在庫全部買っちゃうかもしれない。でも、それはあまりにも面白くない。うまいこと辿り着いた人が、ちょっと買って帰るっていうのがいい。なので、今回、店名や外観はあえて伏せておこうかな。
職人にしても商売人にしても、長く仕事をやってると、引退した瞬間に気が抜けたようになって、ポックリ死んじゃったりすることがある。このじいちゃんばあちゃんにも、長生きしてこのまま末長く過ごしてほしいので、のんびり気が向いた時に店を開けて、気ままに商売を続けていって欲しいね〜
そして、うまくこの店に辿り着けた人は、大量に買い占めるなんていうつまらないことをするんじゃなく、一点一点、真の商売人のじいちゃんばあちゃんとの駆け引きの死闘を経て、面白いグッズをゲットしてもらいたい。

さあ、諸君の健闘を祈る!

50円が100円になって、500円になりかけて200円になって100円に落ち着いた玩具

豊橋作戦② 豊橋市街地へ! 豊橋は名古屋にあらず!!

さあ、引き続き豊橋作戦(豊橋作戦①はコチラ)。久々に訪れた貧乏学生の聖地・愛知大学を後にして、いざ豊橋の街へ。まずは、愛大裏通りにある喫茶店「カチカチ山」へ。カフェじゃなくて喫茶店。20年前の当時も何度かきたことはあるが、いずれも二日酔いで頭が割れそうな状態でモーニングを食べにきた感じ。うーん、何も変わってない。

店内には、紹介された新聞記事が貼ってある。「昔は満席 人気の食堂」という、微妙に失礼な見出しの記事。確かに愛大周辺には激安の渋い食堂が林立してた。

壁にはもちろん東京も大阪も載ってない豊橋中心の中京圏地図。まいりました。

席に着くと、すかさずマスターがやってきて一緖に席に着く。「何年度の卒業生だったら、〇〇さんだ。あの人この間きたよ」とか「〇〇年度の演劇部は〇〇くん知ってる?」とか、過去20〜30年に遡って明確に覚えてる。まさに生きる愛大人名事典! 店内の壁にも、〇〇さんがパフェを4分で食べたとか、謎の情報が大量に貼ってあるので、過去のお客さんの情報は全てお見通しだ。
ただ、コロナでお客さんが激減しているらしく、マスターも「大変だよ。お客さんゼロだよ〜!!」という割には、やたら陽気で楽しそうだ。まあ、確かに今は愛大もリモート授業のようで、確かにそれじゃ商売上がったりだ。正門付近の店と違って、カチカチ山は裏通りにあるので、愛大以外は完全に住宅地のど真ん中だ。これは確かに大変かもな〜
ちなみに、いきなり話で盛り上がりまくり、注文させてくれない。注文できたのは、約30分後。
気になる愛大野宿研究会のこともここで情報ゲット。「あそこは少し前になくなっちゃったな〜。20年前だったら、〇〇部とも兼部してた〇〇くんは知ってるかい?」などと、スーパーコンピューター並みの精度の情報。これはヤバい!!!! 下手したら愛知大学の学生課なんかよりはるかに詳しいはずだ!!!

さすが大学付近の喫茶店。ちょっとした集まりでも使えるように、大きめの部屋も用意されている。で、天井を見ると…。出ました〜、これがカチカチ山スーパーコンピューターの全手動データベースか!!!! というか、卒業生が残していったメッセージやら写真など! う〜ん、これは圧巻。これはお客さんたちから愛されてる証拠。店長がコロコロ変わったり、人間味を出さないことに血道をあげている大手チェーン店などには絶対にできない芸当だ。すごい!

店を後にすると、マスターすかさずInstagramに!!! マスター、仕事早い! ドサクサにまぎれて卒業生ということになってる!

ところで、豊橋の観光地ってなんだっけ。と、聞くと「そんなものはない」と豊橋人の永田さん。
「そういえば海がある」というので、行ってみると、日本のどこにでもありそうな、ただの海が出現! これはすごい! おお、ようやく観光客気分だ! よーし、今日はアメリカまで泳いじゃおうかな〜♪

…と、思ったけど、ダメだ! 台風が接近中らしく海が荒れまくってる。こりゃ、本当にアメリカまで流されかねない。怖すぎる! よ〜し、野郎ども、ずらかるぞ!

「ここが豊橋の最繁華街ですよ」と紹介する永田さん

飲んだくれで有名な永田さんなので、自然な流れで「じゃ、飲みにでも行こう!」ということに。
ひととおり、豊橋の中心地を案内してくれたあと、「とりあえず、豊橋の一番いいところに行きましょう!」という。おお、そんなお金持ってきてないよ。大丈夫かな〜

心配も束の間。安心の立飲み「あさひ」に到着! これか!!!
閉まりかけてたけど、ギリギリ入れてくれた。店の作りは、入り口が二つあり、片方がカウンターの立ち飲みスペース。もう一方は棚が並んでて物置みたいな部屋になってる。この作り、たぶん昔は酒屋さんで、その一角に立ち飲みスペースを作ってたんだろう。典型的な角打ちスタイルの店構え。

立ち飲み屋が異常に馴染んでる貫禄の永田さんと、おばあちゃんの服を着てるのでこれまた馴染んでるユミちゃん

店内は、仕事帰りと思われるオッチャンたちがごった返してて、やたら盛り上がってる。これはいい雰囲気だ。とりあえず、味付けたまごと煮込みとビール。これは最高。
閉店も近かったので、20分ほどでさっと切り上げる。これ、完全に江戸っ子の飲み方だ。立ち飲みなので、店の大将が「そろそろ看板だよ」というと、みんなお勘定してさっと帰っちゃう感じ。変にダラダラしなくて、この辺も立ち飲みの気持ちのいいところ。

「じゃ、次はこっちに」と案内されたのが、偶然同じ名前の「あさひ」。さっきの立ち飲み屋とは、経営も全く別。完全に永田さん行きつけの店のようで、大将も「おう、来たね!」とご機嫌。ここはまた、常連客しかいない、いぶし銀の大衆居酒屋。テレビはもちろん野球中継。

この辺りで、仕事を終えた人々も合流してくる。豊橋市の職員や、楽器屋の店主にして豊橋音楽シーンの重要人物の白井さんなどなど、徐々に謎の顔ぶれに!!
しかしみんな豊橋愛が強くていい。昔からそうだけど、豊橋人たちの「名古屋じゃない」意識が超いい。その昔、それこそ20年ぐらい前、東京で『貧乏人新聞』というのを作っていた時、愛大の仲間が愛大版を作り始めた時も、『貧乏人新聞・東三河版』だった。初めてそれを聞いた時は、東三河って、ずいぶん日本を細かく細分化するな〜、と思ったが、当時の愛大生達もここは「名古屋じゃない論」を熱弁。名古屋は尾張だけど、豊橋は三河。しかも、三河の中でも東側なので愛知県の中でも名古屋とは全く文化の違うところなのだ。食べ物も違えば方言も違う。だから、豊橋人にとっては、名古屋にはなんの親近感もないし、愛知県という謎のくくりの県にもそんなに興味がない。重要なのは豊橋、もしくは東三河だ。
豊橋へ遊びに行く初心者の一番犯しやすいミスは「豊橋ってどこだっけ。ああ、愛知県? 名古屋のあたりか。行ったことあるよ! いや〜、楽しいよね名古屋」って感じ。これは豊橋人のテンションが急落するので要注意だ。なので、豊橋に遊びに行く人は、とりあえず「名古屋」と「愛知」という単語を忘れるべし。

さあ、次は三軒目。店を変えるたびに人数が増えてくるのがまたいいね〜。豊橋人がヤバいのか、永田一味がヤバいのか。でも、当時の愛知大学の奴らも相当ヤバかったから、これは豊橋パワーの可能性も大。
次は水上亭という店。ここは前からある店なんだけど、最近店舗を移転したばかりなので、新しい店構え。どこへ行っても、店主も知り合いだし、偶然入ってきたお客さんも「おお、何やってんの!」みたいな感じで知り合い。いや〜、こういうところ、町は違うけど高円寺と同じだね〜。というか、そこそこの規模になると、どこの街にもこういうコミュニティーってある。よく、地方都市や田舎の人が、「東京はいろんな人が集まってるからいいけど、田舎は何もない」みたいなことを言うけど、そんなことはない。実は日本各地にはいろんな面白い奴らや面白い店が大量に散らばっているのだ。で、そこで面白い情報が伝わったり、困ってる人を助けたりっていうことが起こる、とても重要なもの。退屈してる人は、こういうところにどんどん紛れ込んだり遊びに行ったりしてみるといい。何かが起こる!
あ、ちなみに、そういうコミュニティーを破壊するのが街の再開発。これ、本当にやっちゃいけないことだね〜

さらに、豊橋重要スポットについての密談。「豊橋ならここに行くべきだ!」みたいなのが続々と出てくる。ヤバい、これ豊橋を網羅するのに一週間ぐらいかかりそう! というか、豊橋人のみんなが口を揃えていうのが「何かのついでに豊橋に来る人はいるけど、わざわざ豊橋目当てに来て、しかもしばらくいるなんて、そんな奴はまずいない」とのこと。
ということで、みんなから謎の建築物から謎の食べ物まで、豊橋のいろんなものをレクチャーされる。うーん、だんだん詳しくなってきた!!

豊橋市職員の人からもらった名刺。見よ! この「愛知県」の文字の小ささ。言うまでもなく、東三河の方が重要。これが豊橋の生き様だ!!!!

豊橋作戦① 愛知大学は健在だった!

急遽、豊橋攻略作戦を決行〜〜〜〜!!!!
やってまいりました、東三河・豊橋。ただ、特に理由はなし。高円寺のマヌケゲストハウスによく泊まりに来てくれる豊橋人の永田さんという常連客がいて、高円寺で豊橋BARを開催して大量の豊橋人が高円寺に押し寄せたりと、高円寺と豊橋の友好関係が深まって来たので、ここはひとつ行っておこうと、豊橋に急行!
そして、何を隠そう、自分自身、学生時代は愛知大学に友達がたくさんいたので年に何度も豊橋に遊びに行っていたので、これは行くしかない!!

上の写真は、泣く子も泣き止まない素人の乱5号店の車で、1996年製のスズキの軽自動車。今回なんと、ついに車検が通らなかったので、車検切れまでのギリギリの日程で豊橋行きを強行。高速道路を走るとドアが取れそうになったりサイドミラーが飛んで行きそうになったり、120キロ出したら爆発炎上しそうになる程度なので、ほぼ問題はない。外装も写真の通りまだ新車同様の状態だが、なぜか車検は通らないらしい。世の中に不可解なことが多い。
その辺に停めておいても、みんな自動車爆弾だと思うから誰も近寄ってこないので、とても便利だ。

まず到着したのが、愛知大学前にある学生に人気のコンドーパン。ここで例の永田さんと待ち合わせ。おおー、20年前ぐらい愛大きたときはよく行ってたけど、まだちゃんとあった!!! しかも、看板が新品になっている。まだまだやる気だ!!!

ちなみにこれが20年前のコンドーパン。作り替える前の旧看板も全く同じ。ちなみに、当時、この愛知大学は中京圏の貧乏学生を一手に引き受ける恐るべきアナーキーな大学だったので、付近にもたくさんの食堂や中華料理、居酒屋などがあった。が、さすがに結構なくなってるところも多く、残念だけど、コンドーパンをはじめとしてまだ健在のところも多かった。
中京圏といえば豊橋。豊橋といえば愛知大学なので、豊橋を訪れる人は、まずはパンでも買って見るのがオススメだ。

高円寺での豊橋知名度が飛躍的に上がった元凶の愛大出身の永田さん(左)と、マヌケゲストハウスのスタッフでもある高円寺のユミちゃん(中)、永田さん同様に生粋の豊橋人のジェシカちゃん(右)。豊橋人たちの手引きで豊橋作戦が始まった!

店内。昔ながら店内は何も変化がない。値段も70円とか80円とか驚異的な値段! かつても、よく愛大で飲み過ぎて、翌朝二日酔いで死にそうな時、辛うじてコンドーパンまでたどり着いて、パンを二個ぐらい買い、また愛大に戻って寝る…という典型的な愛大生の生活に陥ったのを覚えている。う〜ん、恐るべし!

最近流行ってる謎の奇病の影響で、さすがの愛知大学も出入りは厳格。よほどの理由がないと立ち入れない様子。あれだけ自由でカオスだった愛大がこんなことになるとは!!! だめか、やはり飲みに来てただけの部外者は入れないか!

と、思ったのも束の間、厳格なのは見かけだけで、すんなり入れたのがさすが愛大。
なんと、サークル棟もまだそのまま。20年前は学生によって自主管理運営されてたけど、今もそんな様子。おー、すごい。
東京は学生による自主管理の場所は2000年代初頭に軒並み潰されてしまったが、やはりこういうところがあると、活気があるし自由な雰囲気が出るからいい。大学経営陣の年寄りたちは、自分たちで学生自治を潰しておいて「最近の学生は元気がない」とか言うタチ悪いのばかり。今の愛大の内情なんて何も知らないが、少なくともこういう建物があるだけでも、こぎれいなだけでモルモットみたいな学生ばかりの大学よりはちょっとはマシに違いない。

永田さんが学生時代に使っていた、当時の演劇の立て看板もまだあったとのこと。物持ちが良すぎる!!

もう滅亡したと思っていた、野宿研究会のマグネットもまだ健在。そうそう、20年前の当時は自分がいた法政大学野宿同会と友好関係があったからよく遊びにきてた。ま、まさか、まだ残っているのか!? と、思ったけど、当時の愛大の人に連絡してみたら、少し前に滅んだとのこと。残念!!

古い校舎とか、まだたくさん残ってて驚いた。今の法政大学なんて、キャンパス内にやたらと新しいビルを建てまくったり、無造作な広場や茂み、池なんかを次々とキレイに整備したりして、完全に急に金持った田舎者が作ったキャンパスみたいになってる。その下品な金の使い方をした、みすぼらしい法政を見るとOBとしては心が痛むばかり。いや〜、この地面が割れてたり、無駄なスペースが余ってる感じの愛大の方がいいな〜
でも、愛大は愛大で、学部の改編などで学生が名古屋キャンパスに移り、少し閑散としてる様子。もったいない〜、豊橋校舎の方が絶対にいいのに。

サークル棟屋上。なんと、柵があって入れないようになってた。さすがの愛大も、こぎれい化の波が!
ちなみに、大学がこぎれい(+不自由)になっていく様子、当時法政では「法政の上智・青学化阻止!」とか言ってたけど、今や気付いたら法政が上智青学を抜いて整備されまくってしまったというマヌケな事態に!! やられた〜、これは一本取られた!

しょうがない。 愛大の法政化阻止!

ちなみにこちらは20年前のサークル棟の屋上。いろんな奴らが、夜中に飲みまくってて、気付いたら全く知らない学生と飲んでたりして、「よく考えたらオマエ誰だっけ」みたいなこともよくあった。大学っていうのは、これが一番大事。
今はここも謎の柵があって入れないけど、大丈夫大丈夫。心配はご無用。ルールは自分たちで作るもの。与えられたルールに疑問を持たずに全部守りたい人は警察にでもなればいい。自由に生きたい人は、自分で考えてやりたいことをやってみたり怒られたりしてみよう。そのうちにルールはどんどんん変わってくる。そうそう、世の中実はとても自由にできている。

馬術部の馬たち。当時も酔っ払ってキャンパスで潰れていると、馬たちの哀れむ視線とよく目が合っていたが、それは今も健在。おまえら、同じじゃねーか!

おまけ。当時の愛大。酒量がやばい!!!!!!

大島事件!

おお、これは重要な企画! 必見〜〜

関東大震災の時に、そのドサクサで社会主義者が殺された亀戸事件というのは結構有名。でも、その亀戸のすぐそばで、大島事件ってのがあったってのはあまり知られてない。小学校だか中学校だかの先生が教えてくれたんだけど、震災ドサクサでの朝鮮人がたくさん殺された虐殺事件のこと。今から思えばいい先生だったなー、誰だか忘れたけど。この映像でも亀戸・大島の地名たくさん出てた。

自分が育ったのは、まさに亀戸駅南側の大島地区。
小学生の頃、いつも友達たちと外で遊んでいたんだけど、たまに、その辺のヒマ人の爺さんにつかまり、昔話を聞かされることもあった。
そんな時、ある爺さんが「関東大震災の時は、この辺は大変だったんだよ! 朝鮮人たちがメチャクチャやり始めたから、みんなでそいつらをぶっ殺したんだ」という話をしてた。強烈な話だから超覚えてる。
その話を聞いた時の自分は小学校低学年で、脳みそが駄菓子でできてるような大バカなクソガキ。当時の朝鮮人の置かれたポジションもよくわかってないし、ただ戦争の話聞いてるみたいで「こえー!!」ってだけだった。っていうか、人殺しの話を堂々としてる爺さんが怖かった。
で、大きくなってから大島事件のことを知ってから、「あれか! あの爺さんの話だ!」気付く。本当にひどい事件が自分の住んでるところで起きたってことに驚いた。

ちなみにこの爺さん、当時まあ70歳とか80歳だっただろう。自分の小学校低学年の頃は80年代前半。ということは、関東大震災の頃、この爺さんは10代か20代ってことになる。ずっと亀戸(大島)に住んでる爺さんだし、全然当事者の年頃だ。
この爺さんが本当に虐殺に参加したのかもしれないし、単に聞きかじったことをイキがって吹いてるだけかもしれないし、今となってはわからない。それに、この爺さんももう生きてないだろう。でも、戦争の話もそうだけど、当時の生々しい話を直接聞けるのは貴重だった。

さて、古今東西、金や権力を得るやつらはすぐ歴史を捏造したがる。なんでかって、自分の都合のいいようにした方が権力も金もたくさん入ってくるからだ。で、さらにマヌケなのが、自分は何にも得しないのにコロッと騙されるアホな奴らもたくさんいる。
しかも、当時を知る人がいなくなった後は、その捏造っぷりが加速するのが世の常。うーん、これからが要注意だね。

ということで! そんなくだらない歴史の捏造とか過去の悪事を隠したりはできないし、しても何の意味もないということを思い知らせるためにも、海外の奴らと仲良くしまくって遊びまくるのが重要。金や権力を持った奴らが、ああだこうだと、あることないこと言い出しても、みんなで「あいつら何言ってんだ、バカじゃねーの?」と言えるようにしておこう〜!!
世界の民衆を仲間割れさせて、ひともうけしようなんてとんでもない。そうは問屋が卸さねえ〜

日本政府に提言! 国内に曖昧な黙認地帯を作って、香港人を救おう!

最近、香港がさすがにヤバくなってきた。香港には友人も多く、10回、20回と遊びに行っている街なので、なんとか救えないだろうかと、最近いつも考える。もちろん、香港内だけで香港を守るのが一番いいだろうけど、情勢は結構厳しい。じゃ、いざとなった時の一つの手として、香港の外に香港街を作るのはどうだろう。香港の外からはそんな手助けができるんじゃないだろうか。少なくとも受け入れの準備しておいて損はない。もちろん香港の人たちが望めばの話だけど、一時避難として別の場所に従来通りの自由な香港と香港の文化をそのまま体現した街を作る。規模は人数によるけど、数百人いれば商店街ができるし、数千人いれば小さな町ができ、数万人数十万人もいれば、完全に第二香港ができる。うーん、楽しそう! これならいつの日かまた自由な香港に戻る希望にもつながる。

じゃ、どこで? もちろん行きたいところに行けばいいのかもしれないけど、旧支配国ということでイギリスは現実的なのかもしれない。ただ、地球の裏側はちょっと遠い。行ったっきりそのままになっちゃいそうだし、ただ逃げるだけというのはあまりいい解決とはいえない。やはり香港は故郷。近場に拠点を構え、いつの日かは香港の地に戻りたいというのが人の気持ちだってもんだ。

それに、最近はアメリカもイギリスも自分の国さえよければ他はどうでもいいと言う自分勝手主義の二大勢力で、こっちはこっちでヤバい雰囲気も満載だ。それにモロに中国と対立モードの国に行けば、米中の謎の対決に巻き込まれる可能性も高い。米英に限らず日本含め、香港のことなんか何も愛着も興味もないのに「反中国」ってことのために香港問題を利用したがる人はとても多いが、それは本当によくない。「香港が北京勢力につくのか、米英勢力につくのか」という香港の奪い合いみたいな発想じゃ、未来永劫香港は浮かばれない。それに香港を道具のように扱うのは、香港に対してとても失礼なことだ。こういう文化や社会の危機の時に、謎の政治的な下心は無用だ。妙な打算ではなく、本当に香港に愛着のある人によって香港が守られるのが一番いい。

日本政府への緊急提言

さて、そこで日本政府の諸君に提言。香港人を救うのに人肌脱いでみないか!?

ただ、残念なことに、政府諸君には英断を下す能力も知恵も勇気も何もないことは、ここ最近の腐敗と専制を目の当たりにしている我々はすでによく知っている。奴隷根性全開なのでアメリカの横暴にも盾つけない。経済的なお金のこともあるし中国と事を構えるわけにもいかない。大丈夫、安心してくれ。諸君には一切の期待はしていない。
と、そこで相談だが、日本政府の君たちにもできる、簡単なことがひとつだけある。諸君の一番得意な、曖昧にウヤムヤにして、見てみなかったことにする、日本の一番悪い癖の、あれ。あとで具にもつかない言い訳とかしてごまかして放置したり、なかったことにしちゃう、あれあれ。いつも政府諸君がやってるやつ。その得意技、いつもは自分の身内や利権を守ったり、弱者を見殺しにするような悪事に使ってるけど、一度ぐらいは、いいことのためにこれを発揮してみないか?

それでどうするかというと、もちろんこの香港街作戦。まずは、いろんなお目こぼしやら裏技なんかで、続々と香港人の日本入りを黙認し、後は余計な口を出さない。すると、独自の自由な街を形成し始める。
もちろん、習近平氏は怒ってすぐに電話してくると思うけど、日本政府は脂汗かきながら「いや~、ダメだって言ってるんですけどねー。気付いた時にはもう手遅れで…。では、極力早い時期に可能な限り前向きに対処する努力を続けたいと思いますので、まずは上司にハンコをもらえるか聞いてみます」みたいな、何言ってんだかわからないことを言ってうまいことかわす。
すると今度は、香港を反中国の旗印にしたがってるトランプあたりが、ここぞとばかりに電話してきて「お前のところの香港街を、香港独立政府と認定して、我々西側陣営の一角として国連に加盟申請させよ」みたいなこと言ってきそうだが「いや~、そこのところはひとつ、分かってくださいよお代官様。まあ、ひとまず今日のところは一旦持ち帰って検討させていただいて。続きは河岸を変えまして一杯やりながらざっくばらんに意見交換を」と酒を飲ませてウヤムヤにする、日本人にしか出来ないいつもの手で先送りにする。というか、これ拒絶の意味だけど、これは日本人にしかわからない(笑)
日本の一番悪いところ、たまにはいいことに使わないとね~

3次会まで付き合わされて日本にケムに巻かれたトランプと習近平が、屋台の焼き鳥屋あたりで「まったく日本のやつら! こりゃあ暖簾に腕押しだ」「一本取られましたな」と言わしめ、うっかり日本の会社文化の悪口で意気投合しちゃったりして、時間を稼げれば日本政府の役目はOK! 上出来だ! ただ、アメリカも中国も香港を自陣営につけようと必死なので、すぐに猛攻に来るはずだが、ヤバくなったら、いつもの通り、閣僚官僚みんなで仮病で緊急搬送されればいいので安心。それで万事OK! もう大丈夫、それ以上は期待しない。


世界は今、国境のハードルの高さと、より強くなる国家の支配力によって苦しんでいる人々がたくさんいる。そこで、逃げ場と生活の自由を少しでも多く作っていくことがとても大事だ。
ともかく、「まあ〜、一応は日本といえば日本なんだけど、見方によっては香港とも言えなくない…」いま求められてるのは、そんな場所だ。
それを作ろう!

日本のどこかに臨時都市ネオ香港の出現!

後は一般民衆の出番。「あそこに香港が引っ越してきたらしいぞ」なんてことになったら、もうみんな大喜び。「点心食べに行こう、点心」「夜景がキレイらしいぞ」「香港映画の公開日が日本より早いらしい」などと、みんな遊びに行くし、友達もどんどんできる。一般人同士の直接の交流がたくさんできるので、香港人たちが何を考えて何を求めているのかも、日本の人たちにもよくわかるようになる(←実はこれが一番大事)。商人たちも「関税もパスポートも何もいらないらしい!」と、こぞって交易に出かけるので、街も繁栄する。もちろん、そこはすでに香港なので言葉は全部広東語。日本語なんて通じない。広東語を勉強してる人なんてタダで練習できるんだから、毎週遊びに行っちゃう。通貨も香港ドルで日本円は使えないので両替屋で手数料を払って換金だ。車は同じ左側通行の右ハンドルだからそのまま大丈夫だけど、道路標識が違うのでちょっと注意。たまに読めない。でも、市民によって組織された香港警察が交通整理に当たるので安心だ。当然、日本の法律も通用せず、香港の法律が適用されるので、法律関係にはちょっと注意。あ、もちろん国家安全維持法はないので、みんなの安全はちゃんと維持される。心配はご無用だ。独自の議会も裁判所もあれば、ドサクサに紛れて香港マフィアもいるけど、そこはもう香港なんだからしょうがない。屋台で果物を売るおばちゃんもいれば、竹で組んだ足場でビルを建てる大工の棟梁もいる。そう、前と同じ光景がそこにはある。

そして、いつの日か、香港の地で香港が復活することを祈ろう。

これ、荒唐無稽な論だと思うなかれ。国家っていう概念がとても強くなり過ぎた現代が異常なのであって、歴史を振り返れば、外国の通貨使ったり、あるエリアで言葉が違ったりするなんてごく当たり前のことだったし、今だって地球上ではそんなことたくさんある。国が荒れ果てたり、ヤバい支配者が登場してクソつまらなくなったら、さっさとみんなで隣国領地内へ移り、そこの領主ともうまいことやりつつ独自の文化や社会を継続する。これ、普通の発想。大丈夫大丈夫、全然普通!

国家の管理者からしたら、立場上は困ったことかもしれないが「由々しき事態。毅然とした態度で厳正に対応してまいります」とだけ心にもないことを記者会見で言って、後は家でテレビ見たり犬と遊んだりしていればいい。

もちろん、この香港街作戦、そんな単純にうまくはいかないこともわかっている。招き入れるだけ招き入れて、後は放ったらかしておいたら、ただの難民キャンプみたいな扱いになって格差や差別が生まれるかもしれない。それじゃダメだし、面白くもなんともない。ちゃんと日本側の香港を大事に思う人たちによって大切にされて初めてうまく行く作戦。まさに、日本民衆と香港民衆の共同作戦! おおー、これはやりがいがあるね〜。我々民衆の腕前が問われるな〜

ということで、日本政府の諸君! 君たちはやることはひとつだけ。できる!! いや、君たちにしかできない!! ご決断を! まずは書類の手違いでもなんでもいいから香港人たちにビザを!

そして後は、世界民衆の手で香港を救おう!

東京都の新自粛要請の恐怖!
10分以内に1杯飲まないといけない可能性も!

さあ、皆さん。いよいよコロナ第二波を迎え、東京都でも再度自粛要請なるものが発表された。で、その飲食店に課せられた感染防止ガイドラインが、これまたヤバい。消毒や換気など、諸々のお達しがあるが、ソーシャルディスタンスを保つべしとのことがなかなかの強敵。お客さんの間にパーテーションを設置するという代替策もあるとのことだけど、食堂ならまだしも、お客さん同士が話をするのが重要な飲み屋で、お客さんにそんな窮屈な目に合わせるわけにはいかない。他者との交流を制限するんだったら、じゃあ家で飲めばいいじゃねーかってことになり、そもそも飲み屋の存在意義が問われてくる。…ということで、ソーシャルディスタンスを保ちつつ経営を成り立たせる事は果たして可能なのか!?
ちょうどうちも、高円寺で「なんとかBAR」というのをやってるので、そこを例にして、感染防止ガイドラインを厳守する試算をしてみよう〜

恐怖月45万円のデッドライン

「なんとかBAR」は基本的に日替わり店主で回す感じで運営しているんだけど、ここは試算ってことで、仮に自分一人で店を回し、その店の収入だけで生活すると仮定して話を進めよう。
さあ、ソーシャルディスタンスを守った「新しい生活様式」なるものは可能なのか!?

さあ、ではまずは月にいくら売上ないといけないのかというところから。
まずは店主の収入。最低賃金レベルで、アパートに一人暮らしでギリギリ暮らせる額として月収15万円程度は必要だ。まあ、生涯この月収というのは厳しいところもあるが、まあ試算ということで、最低レベルのところから始めよう。
そしてお次は店の経費。まず「なんとかBAR」の家賃は約76000円。それに加えて水道光熱費や店内のWi-Fi、商店会費などの固定出費が4万円強ぐらいかかる。そして、細かい消耗品などの費用を足して、月に13万円程度は最低でもかかってしまう。それと、いざ製氷機が壊れたの、ガス器具が故障しただのっていう臨時出費の積み立てもしないといけないので、まあ固定費としては15万円ぐらいにしておこう。これでもギリギリの額だ。
で、さっきの15万円を足して、計30万円。これはまず店を成り立たせるために月末に残ってないといけない必須の金額だ。

さらに! 飲食店の原価率ってのはだいたい3割程度は見ないといけないので、月末までに30万円を手元に残すためには、食材や仕入れ値の分も加味して、月に約45万円を売り上げないといけない。なるほど〜、そう来たか。45万円ね。

地獄の100時間

そして! お次は営業時間。
こちらも一人で切り盛りすると考えて、ひとまず労働基準法通りで行ってみよう。一日8時間で週5日働くとする。当然、自営業者がそんな短時間のわけはなく、一日10時間の週6日ぐらいは店で働いている人が多い(自分もそう)のだが、ま、ここはあえて恵まれた労働者の時間を目指してみよう。
1日8時間労働で、買い出しや仕込み、その他の雑務や後片付けなどの時間を差し引くと、まあ営業時間は5時間がせいぜい。平時であれば、高円寺タイム的には夜8時から深夜1時ぐらいまでの5時間を選択したいところだけど、都の今回の自粛要請では10時に閉店とのことなので、逆算すると開店は夕方5時。早い、早すぎる!
ともかく、週5日なので、月に約20日営業。時間にすると約100時間の営業時間。
さあ、この時間で45万円をどうゲットすればいいのか!?

4席の熾烈な戦い!!

さてさて、お次は客数の問題。まず「なんとかBAR」は8坪程度の物件で、カウンターとテーブル席を合わせて20席程度。混んでくると半分立ち飲み状態になるので、詰めれば30人程度はなんとか入るっていうサイズ感の店。そこへ最大の難関、ソーシャルディスタンスの登場! なんと2m推奨! これを店内で試算してみたところ、お客さんが2mの距離を維持して座る場合、定員はなんと4人!それしか入らない!
で、使えるのはこの4席のみ。4人が5時間飲んで行ってもいいし、各席1時間交代で延べ20人が飲んで行ってもいいけど、とにかく泣いても笑っても4席のみ。さあ、かかってきやがれ。

ちなみに、20日間の営業で45万円を売り上げるとなると、1日あたりの最低売上額は2万2500円。これを下回ると店が潰れるか店主が死ぬ。で、これを4席5時間で計算すると、席に座った人には1時間以内に1125円を消費してもらわないといけないことになる。「なんとかBAR」の平均的な価格帯は、サワーやチューハイ系が300円っていう激安価格帯の日が多い。ということは、4杯弱。ちなみにビールは400円だけど、原価率が高いので5杯は飲んでもらわないといけなくなる。
60分でこの酒の量はちょっとキツイので、まあ、300円程度の軽いおつまみを2皿ぐらいちょっと頼んでさらにビールとウーロンハイ、そんな感じで1125円はクリアできそう。ただ、それは60分以内の話。61分目からは次の1125円がやって来る。もうおつまみは食べきれない。じゃあさらに60分以内にさらに4杯のウーロンハイ。これは死ぬ。
ってことで、完全に入れ替え制でどんどん回して行くしかない。

ところが、そんな世の中甘くはない。政治家たちに自営業者の哀愁はわかりっこない。上の計算は完全に満席の場合。毎日開店から閉店まで満席の店なんてあるわけない。割とありがちなのは、開店から数時間は、お客さんが入らず、最後の2時間ぐらいでまとまったお客さんが入って辛うじて最低ライン行くか行かないかってのが個人の飲食店の常だ。ここで4席縛りが効いてくる。団体客で一気に稼ぐみたいなことができない。それに、夕方5時から開けるので、序盤は厳しい戦いなのは目に見えている。
ということで、死ぬほど宣伝したりいろいろ策を練ったとしても、客席の稼働率はどう頑張っても60%ぐらいか(これでもかなり大変なこと)。

すると、計算上4席のうち2.4席が稼働していることになる。こうなってくると、目標額達成には、1席60分あたり1800円を消費しないといけないことになる。レモンサワーでいえばなんと6杯。つまり10分に一杯!!! これはほとんど飲み比べ大会クラスのペース。あるいは、おつまみを入れたとしても、2皿+4杯(60分以内)。結構ハードコアなヤケ酒スタイルだ。
ちなみに、仮に見ず知らずのBARに入って、立て続けに6杯も飲み干したら、絶対バーテンに「お客さん、今日は何か辛いことでもあったんですか?」と、言われるお決まりのパターンだ。
おまけに、ソーシャルディスタンスなので、みんなで盛り上がった勢いで飲んじゃうなんてことはあり得ない。そう、隣のお客さんは2m先で一人寂しくチビリチビリと飲んでいるだけだ。
こうなったら最終手段と、食堂と割り切ってフードメインにしても、それはムダなあがき。カレーやパスタ、丼ものなどの食事系なんて食べようもんなら3人前は出てくる。枝豆や簡単な炒め物みたいな簡単なおつまみなら6皿も出てきてしまう。冷奴ぐらいなら6皿頑張っていけるかもしれないけど、冷奴6皿を大急ぎで平らげて1800円って、もうなんの店だかわからない。食堂作戦もダメだ!
2時間なんて居ようもんなら、定食三人前+酒6杯。これ、完全に頭がおかしい状態に!! あるいは開き直って5時間フルで居座ろうもんなら、ウーロンハイ30杯で、お会計は9000円。もう、安いんだか高いんだかもわからない。無理、無理、間違いなく死ぬ!!

こうなったらメニューを値上げして客単価上げるしかねえってのが、また素人の浅はかな考え。「なんとかBAR」で、1000円の料理と1000円の酒を出すとなったら、換気しない換気扇とか、たまに水が逆流するエアコン、欠けた皿などは許されない。引き戸なのに前に倒れて頭をぶつける入口の扉など、誰がどう責任を取るのか。安い酒には訳がある。高い酒にも訳がある。1000円のものを出すには、その辺をちゃんとしていかないといけないので、それなりの費用もかかれば家賃もかさみ、ノルマの客単価もさらに上がってしまう。
もちろん、それもできなくはない。ただ、世の中の飲食店が全て中級店以上になっていいのだろうか。いや、ダメだ。意味不明の貧乏な大バカたちが飲める場所はなきゃいけない。

結論

と、いうことで。感染防止ガイドラインを守りながらの営業なんて、やーめた。