【四国奇人伝 No.68】高松のねずみ男・藤井佳之  中四国巡業④

愛媛から香川へ。そしてやって来たのは妖怪が集う魔窟の都・高松に到着。高松にはいいお店やちゃんとしたお店がたくさんあり、他の都市とも引けを取らない街なんだけど、「なタ書」という強烈な店のインパクトが強すぎて、高松=邪悪な妖怪都市の印象がどうしても払拭できない。そんな“なタ書”の店主が藤井佳之氏だ。
今回は、彼の一日を追ってみたい。

はるばるやって来ました、これがそのなタ書。古い建物の2階の店舗で、なかなかの異彩を放っているかに見えて、よく見たら周りも結構ボロい建物が並んでるので意外と溶け込んでいる。高松市の市街地の真ん中にあって、いつでもフラッと立ち寄れる便利な立地なんだけど、まさかの完全予約制の書店なのでそう易々とは立ち寄れない。そう、わざわざアポ取って店主とマンツーマンの状態で本を探す緊張感を味わえる前代未聞のシステムの店だ。
そしてこの建物の2階に巣食うのが、高松のねずみ男と恐れられる藤井氏。いつ何をしでかすかわからないとんでもないイカサマ師で、高松はおろか四国中の大バカシーンから常に遠巻きに固唾を飲んで見つめられている。
言ってることが本当なのか、大ハッタリなのか、あるいは突如何をし始めるのか、掴みどころがないため周囲の人の評価も大きく違い、「やつはメチャクチャだ! ふざけてる!」と憤慨する人から「あの人は全て計算し尽くしている天才だ!」という人まで、雲泥の差。どっちにしろ、ただ者ではないことは確かだ。

掴みどころがないやつとなれば、ひとまず懲らしめるしかない。
ということで、この日は、普段高円寺から放送している「素人の乱・残党ラジオ」をなタ書から放送するという特別企画で、この日は自分以外にもラジオチームの松本ルキツラ、池田佳穂の2名も参加して奇襲放送を行うという予定。コロナ禍の中では電話出演してもらったこともあるので、今回はその意趣返しだ。さあ、妖怪藤井佳之はどう出るのか!?

というわけで、なタ書に殴り込みをかけて突如ラジオ放送を開始! 事前に襲撃予告をしていたので、高松からも多くの群衆が押し寄せていて、早くも大混乱に!

奥のレジでとぼけた顔で座るのが妖怪藤井氏。
ラジオ序盤は、高円寺話やら藤井さんの身の上話など多岐に渡りつつも、意外にも穏便な進行で平和に進む。おかしい、妖怪藤井が穏やかにカルチャーの話とかしてる。これは何かある!!
90分番組の放送は、音楽をかけたりしつつ平穏なまま終盤に差し掛かった。

そして、番組終了30分前、どこでスイッチが入ったのか突如戦闘モードに入る妖怪! いきなり東京にケンカを売り始めたり、「なタ書より素晴らしい店があるなら教えろ!」などと挑発し始めたり、テンヤワンヤに。えっ、今かよ!
上の写真を見よ、明らかに違う態度で、かかって来いコノヤローモードに! そして、よく見たら直近で読んだ本は上方落語の本と思われる机。これはタチが悪そうだ!!
“襲撃事件”という番組タイトルで分かると思うが、言ってみればプロレスみたいなもんで、「コノヤロー」と乱闘寸前の状態から最後は適度なところで収まるのが暗黙の了解。それをあえて逆の進行でやって来てくるあたり、やはりさすがはねずみ男、一筋縄では行かない!! 天然なのか? 確信犯なのか?

ま、そんな混乱の中ラジオも終了。ラジオは後からでもstand.fmで聴けるので興味ある人は聴いてみてほしい。さて、その後はいつものパターンで、藤井さんの高松町案内コーナーの始まり! そう、藤井さんはいつもお客さんが来ると市内の面白いスポットなどを案内してくれるのだ。
さっさと後片付けをして、早く街に出ようという藤井さん。さあ、今日はどんな高松DIYシーンを見せてくれるのか!? くわばらくわばら。
荒れ果てたなタ書を後にして、我々を従えて颯爽と風を切って街を闊歩し始める藤井さん。
おーい、早いよ藤井さん、待ってくれ〜

…と思えば、早速街でヒマを持て余すギャルに声をかける。早い!! しかも、第一声でいきなり「おい、君たち。あの有名な松本哉さん本人がいるんだよ、ここに」とか言い出す。おい、知る訳ないだろ〜! ただ、ハッタリ妖怪の藤井氏のすごいところが、ものすごい堂々と言い出すので、ギャルたちも本当の有名人かと思い「誰? 誰?」と食いついてくる。藤井さんすかさず、すぐにスマホで俺の本を検索して見せて「この本、読んだことないの!?」とか大ハッタリを連発! ちきしょ〜、俺をダシにしやがって〜(笑) でも藤井さんの話術は面白いから、意外と話し込んでて、「我々はこれから飲みに行くけど、どうですかキミたちも」なんて誘ってる。
まったく、そんなハッタリで声かけたって相手にされる訳ないじゃねーか。

と、思いきや結局、飲もう飲もう、ということになり、藤井さん行きつけの居酒屋に。高松どうなってんだ!
カウンターカルチャー巡りどころか、いったいなんの飲み会に巻き込まれたかと思いつつも、まあそれはそれで面白いかと藤井さんの演説をはた目に聞きながら飲み始めると、「今日はこの松本哉先生のおごりだから遠慮なく飲んで」とかギャルたちに言い出す藤井さん。で、「えっ、いいんですか!?」と喜ぶギャルたち。コラー、なに言ってんだ〜! とは言って、巻き込まれた若い子らに金払わせる訳にもいかないので、まあまあなんとかなるでしょ、とか適当に言ってごまかす。するとすかさず、藤井氏がコップを持って「松本さん、いただきます!」と頭を下げる。うまい! 絶妙のタイミングだ! …って、感心してる場合か〜! はいはい、わかったわかった、金のこと考えたって酒が不味くなるから、こりゃもう腹括った。払えばいいんでしょ、払えば。おーい、大将、ビール3本持って来て〜!

その後、しばらくどうでもいい話で盛り上がりつつ適当に飲み、その女の子たちも次の約束があるとのことで、まんまと「松本さんごちそうさまでした」と挨拶して帰っていき、じゃあ残った人でもう少し飲もうか〜、となった、その30秒後、その時、歴史は動いた。藤井さんも「じゃ、僕もそろそろ。松本さんごちそうさまでした」と丁寧に挨拶して、なタ書の常連客や高円寺組などをほったらかして素早く出口に向かう。「えっ、藤井さん帰るの!?」と、みんなが引き止めるも、一度も立ち止まることなく「それじゃあ!」と、ビタ一文置かずに見たことない速さで帰っていった。あのヤロー、やっぱり完全にねずみ男じゃねーか! 大将、ビール5本持って来て〜!

すると大将、こちらへ来て、どっかと腰を落ち着けて飲み始める。もう閉店時間ってことで、店員さんたちは、もう呆れて先に帰っちゃう。これは長期戦の予感!
そこで大将、開口一番「いや〜、藤井さんはすごい人だよ。あんな天才はいないよ、本当に。高松の文化は全部あの人が作ってるよ、ホント。最初はどこの乞食かと思ってたけど(原文ママ)」と、ベタ褒め。なんかこれ、全員グルなんじゃないか? そういえば昔、二十歳ぐらいの時、ロシアでシベリア鉄道乗ってたら、こういう感じで次から次へいろんな役割の人が出てきて、まんまとモノ盗られたな〜。なんて思い出したけど、ここは高松。そんなはずはない。ただ単に強力な人材の宝庫に違いない! 手強い!
そして大将、ひとしきり藤井さん高評価話を語り尽くし、こっちも「なるほど、いろんな人を見てきてる居酒屋の大将がいうぐらいなんだから、こりゃ本当に傑物なのかもしれないな〜」という気になってくる。さらに大将、饒舌になってきて、いろんな思ってることを話し始めるが、酔っ払ってるのか何なのか「人間は宇宙人が作ったに違いない!」などという話になってくる。しまった、理解を超えてきた! 完全に不得手な方面への話題になってきてたじろぐ高円寺チームだが、そこへ登場したのが、なタ書の常連客の大学生の藤本さんだ。誰もが口を挟めないような大将の絶好調の話題に、時折り「でもそれって、⚪︎⚪︎のことですよねえ」とか、鋭いツッコミを入れ大将を怯ませたりしつつ互角に渡り合う。これはすごい! ま、ともあれ、酔っ払いのカオスなトークのまま宴は続き、適当なところでお開き。会計は当然全部俺。いや〜、壮絶だったけど楽しかった〜

で、翌日、藤井さんに会うと、「松本さん、昨日本当に全部払ったんですか!? ええっ? いや〜、さすが太っ腹だな〜」などと、相変わらず本心が読めない話術。そして、「昨日はあのあと大将も絶好調ですごかったですよ〜。話、時々わけわからなかったけど、仲良くなりましたよ〜」と言うと、藤井さん「えっ、そんなに長居したんですか? 俺、大将と飲んで話したことないですよ」だって。コラー、お前常連じゃないのか〜!!! うっかり話し込んじゃったじゃないか〜! っていうか、それも本当かウソか分からなくなってきた!!
やはり高松、手強すぎる!!!

と、怯んでいると、「街を案内するからついて来い」と、勝手にテクテク歩き始め、朝からまた街を案内し始める。嫌な予感しかしない。妖怪藤井に勝てる気がしないので、諦めてついていくと、藤井さん時折振り返って「『マヌケ反乱の手引書』に載ってそうな高松のオルタナティブスペースとか案内すると思ってるでしょ。そうじゃないとんでもない場所に連れていきますから。すごいものを見せますよ」と、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、またテクテク歩き始める。やはり嫌な予感しかない。

そのままこちらを振り返りもせず、迷うことなく雑居ビルの2階に吸い込まれるように上がっていく。同行しているルキツラは「人を殺しにいくみたいだ」と恐れおののく。

どこかの事務所に入るや否や、そこの事務員の人に「今日は、あの有名な松本哉さんをお連れしたので、お茶か何かを」などと、またどこかで聞いたことあるようなことを言い始める。あまりにも堂々とした藤井さんの態度にスタッフの人も急いでお茶とお茶菓子を持ってくる。読めない! 藤井さんとこの謎の事務所の関係性がわからないだけに、これは難しい! どうやらアート関係のNPO事務所らしく、なぜか我々がその事業内容などの話を聞く間、藤井氏はお茶とお茶菓子でゆっくりくつろぐ。その自然体、完全に座敷わらしクラス。
で、頃合いを見て「じゃ、そろそろ行きましょうか」と藤井さん。これ、本当に案内したかったところなのか? 藤井さんが休憩したかっただけなんじゃないだろうな。こっちの名前をダシにしてるだけに、ウロウロすればするほど自分の評判を落とすことになるんじゃないかと不安がよぎる。

次に、ゲストハウスの前を通りかかった時、これまた迷いなくスッと入る。1階にコワーキングスペースがあるところで、高円寺のマヌケゲストハウスとは違って、きれいなところだ。
「こちらが、あの松本哉さんで、ゲストハウスもやってる世界的に著名な方です」と藤井さん。出た〜!! わかったわかった、もうそれでいいよ。一応知り合いのところらしいけど、その真相は闇のまた闇。対応してくれたスタッフはまだ新人の人。藤井氏の話を聞いたそのスタッフの人からしたら、高松の最重要人物の藤井という人が世界的に著名な松本という人を連れてきたので、これは大変だと、「本来コワーキングスペースの使用は有料なんですけど、ひとまずどうぞどうぞ」とコーヒーを出してくれる。終始恐縮する高円寺組。
そして、高円寺組がそのゲストハウスの話などを聞いてる間に、「ちょっとWi-Fi借りていいですか?」と藤井さん。おい、それが目的か!
で、頃合いを見て「じゃ、ぼちぼちおいとましましょうか」と、次へ向かう。いやー、これ、俺もう二度と高松に来られなくなるんじゃないかな〜

そのあとはレコード屋さんを案内してくれたり(ここ、すごくいいレコード屋だった!)、また適当に散歩をする。

ちなみにこれが居酒屋の大将いわく「いっつも変な袋持ってウロウロしてて○○(原文ママ)にしか見えないんだよ〜」っていう藤井さんの袋。この中身を見た者は死ぬと言われている。

この藤井氏、各所で口から出まかせでツケ入ってるようにも聞こえるかもしれないけど、あながちそうでもない。確かに顔はすごく広いし、高松のみならず各地のアートやら書店やら、行政も関わる大きなイベントなどにも絡んでたりと、ただのイカサマ師ではない側面もたくさん備えている。さらに、なんだかんだと面倒見がいい面もあり、初対面の人にもよくしてあげたりすることも多々ある。例えば例のギャルに声かけた時も、変な下心あるナンパみたいな感じじゃなく、普通に話聞いたり高松のこと教えたりうどんを食べさせてあげたり(他人の金で)してたし。
とは言え、突如本当だかウソだか分からないやたらでかい話が始まったりもするし、全員がケムに巻かれる感じ。

そして最後の最後、「じゃあご飯を食べに行きましょう」と、渋い定食屋に連れて行ってくれる。ここのおかみさんがものすごく無愛想な人で、怒らせたら怖そうなタイプ。ここで例の「このお方が有名な…」作戦が始まったら「あんたなんか知らないよ!」とケンカになるに違いない。今度はどんな手を使ってくるのか、頼むから発動してくれるなとビクビクしていると、最後に藤井さん「ここは、私が」と、珍しく紳士な態度でみんなにおごってくれる。なんと! この酷い目に合わせたり合わされたり、いろんなものを巻き込んだりしつつ、最後は帳尻合わせてプラマイゼロに持っていくこの技術!!!
藤井さんさすがだなあ〜、と感心しつつ別れを告げ、ラジオのお礼などもして再会を誓って、藤井さんの後ろ姿を見送る高円寺組。
ただ、よくよく考えたら、あのおかみさんが怖そうだから怖気付いただけのような気もしてくる。

全てを計算した凄腕の人物なのか? まぐれで何もかもが上手くいく天才なのか? はたまたとんだ食わせ者の妖怪なのか?
全ては闇のまた闇。

諸君も、この謎に迫るためにも高松のなタ書に遊びに行ってみよう!