高円寺奇人伝62 小泉兵義

高円寺。それは魑魅魍魎が蠢く四次元空間のような世界。世界的に街の開発が進み、各地が無機質な街並みに塗り替えられているにもかかわらず、頑固一徹・高円寺の街のみは、あいも変わらず完全に意味不明の世界。
昭和感満載のレトロな雑多感ある町などは、いろんなところにある。しかし、高円寺の恐ろしいところは、続々と謎の店やスペースが新たにでき続けているところだ。こんな街は日本でも稀有な存在だ。

そこへ、また一人の男が立ち上がった。小泉兵義氏である。
この人物が、この群雄割拠の高円寺の商店街の中で、満を持して新スペースを開くことを決断したのだ。

小泉兵義氏近影

社会の理不尽を許さない正義感の強い社会派の小泉氏は、常に巨悪に立ち向かい、己のポリシーを貫くハードボイルドな人物だ。多くの人が見て見ぬ振りをするような政治的な問題にも臆することなく声をあげ、しかも常に裏方に回りつつも、その崇高な理想を求める姿は誰にも止めることはできない。

そして一方、厨房に立つときは無駄口は一切聞かず、無口のままイタリアンからメキシカンまで各国料理を巧みに料理し、各種カクテルをも変幻自在に作る料理人の側面も持ち合わせている。
そんな小泉氏が、ついに自らの店舗を持つという決断をしたことに、高円寺の各界は戦々恐々と固唾をのんで注目した。今まで「高円寺はダメ人間の掃き溜め」などと好き放題言われていた高円寺の汚名をついに晴らす時が来たのではないか? バカにされながら高円寺で死んで行った死屍累々の無念に一矢報いることができるのではないか? 青山、六本木、銀座、赤坂などに出しても全く引けを取らないような名店が登場するのではないか、と、そんな期待を一手に集めた!

そして、10月5日。ついに、そんな明日の高円寺の流れを決めるようなグランドオープンの日を迎えた。

が、意外とショボい店だった!!!!!

なんだこりゃ〜。完全に下町の立ち飲み屋じゃねーか!
カウンターはその辺から拾ってきたようなベニヤ板がカラーボックスの上に乗ってるだけ。それが店主を囲むようにコの字型に並んでるという、吉野家と完全に同じレイアウト。店主小泉くんの座る椅子はもちろんビールケース。
古着屋時代の内装のままのため、壁から棚から真っ白。おまけに天井の照明も真っ白の蛍光灯なので、光の量はファミリーマートと同じぐらいで、万引きしたら3秒でバレる明るさ。

上の写真のように、ハードボイルド感0%で子供のようにご機嫌の小泉氏(左下)。

メニューはレモンサワー250円、ビール大瓶550円など。こりゃ、確かに銀座や赤坂のやつらが腰を抜かす価格帯。異常に明るい狭い店内で250円の酒を飲みまくるという、恐ろしい状態だ。でも、これどっかで体感したことあったな〜、と思ってたら、ふと思い出したのが山谷とか西成にある酒専門の自販機コーナー。明るいうちからニコニコしたおっちゃんたちが集ってきて、自販機のワンカップとか飲んで居酒屋化してる、あれだ!!!! この蛍光灯、白い壁、安酒の立ち飲みスタイル。同じ光景だ!!!!

そして、特に期待もせず、ふとフードメニュー、いや壁のお品書きの短冊を見ると、小さい読みにくい字で「キャビア」。なに!!?? そうか! やはり小泉氏、前面には立たず、陰でそっとキラリと光るものを出してくる、あの感じなのか!? さ、さすがだ!!!! そうきたか。
こっそりと小声で「あ、キャビア?」とつぶやいてみると、小泉氏もすかさず反応し「あ、それニセキャビアだから300円ね! キャビアもどき。味は似たようなもんだよ!」と、浅草の立ち飲み屋と全く同じ返答。しかもよくよく見たら、他のメニューも全部読みにくい字。チキショー、騙された!

でも、そうやっていながらも実は裏メニューがあったりするのが、この手の店の卑怯なやり口。そりゃそうだ、内装もメニューもこれだけだったら、本当に自販機コーナーと同じじゃねえか。なんかひと工夫考えてるんじゃないか? いや、そうに違いない。ずるいね、また。わざとこんな自販機コーナーみたいな内装にして、裏でこっそり隠しダネ出そうなんて。さてはそうやって人から尊敬されたりモテたりしようなんて目論んでるんじゃねーだろうな。そうはさせねーぞ、こんちくしょう。

「マスター、得意のパスタとかナチョスとかないの?」と、ちょっと聞いてみる。すると小泉氏「ないよ。めんどくさいじゃん。こんな厨房じゃできねーし」だって。ねーのかよ。 コノヤロー、また騙された!!

高円寺の商店街の路面店。しかもコンビニより明るい照明。目立ってしょうがないので、通りがかりの知り合いやら、飲む場所を探してウロついてる酔っ払い、ガールズバーの仕事帰りの女の子、近所で店やってる人、二十歳そこそこのヤンチャな奴ら、バンドマン…。完全にザ・高円寺な人々がどんどん立ち寄って飲んでいく。
みんなしみったれた飲み方は好きじゃないので、「マスターも一杯飲んで!」と、1000円札を出す。ところが、変なところで急にカッコつける悪いクセがある小泉氏は「僕は〇〇しか飲まないから、ちょっと高いよ。いいの?」と、急に訳のわからない酒の名前を出して勝ち誇ったようにクールに言い放つ。一瞬怯んだお客さんも「いいよいいよ、開店祝いだし、飲んじゃって!」と景気がいい。ま、高いって言っても聞いたら400円。確かにレモンサワー250円に比べれば確かに高い。
なんだか薬酒のような味のする謎の西洋の30度以上の強い酒。「これは薬だから、いくら飲んでも俺は大丈夫なんだよ」と、謎のハッタリをかまし始める。「じゃ、私も一杯おごります」「じゃあ、俺もおごっちゃおうかな」と、小泉氏の前に大量にグラスが並ぶ。冷静な人は「いや、やめたほうがいいよ。こんな飲んだらひっくり返るよ」と諭すが、「大丈夫大丈夫。これ薬だから。逆に目が覚めていいんだよ」と、やはり自販機コーナーな会話。

で、その怪酒を6〜7杯立て続けに飲んだ後の小泉氏。いきなり訳のわからない踊りを始め、完全にヘベレケに!!
周りからは「ほら〜、大丈夫?」「店閉められるの?」と心配されるが、「大丈夫、大丈夫。全然問題ない…」と、まな板を落としたりカウンターの板をひっくり返しそうになる小泉氏。もはや直立も怪しい状態に!!!
やばいやばい、このままぶっ倒れるという、まさに自販機コーナーの定番コースか!? 急にみんなが心配そうに声をかける。初日からノックダウンなのか!?

すると!!!!
突如、大爆笑し始め、饒舌にいろいろ話し始める! おお、不死鳥のように蘇った!!!! 恐るべし、小泉!!!! あの酒は本当に薬と同じなのか!?
みんなもほっと胸をなで下ろす。いや〜、よかったよかった。

いや、やっぱりダメだ!! 地面に座り込んだ!

そして、立ち上がるか寝るかの瀬戸際で自分との死闘を繰り広げる小泉兵義! 「全然余裕だよ。まだまだ行ける!」と、蚊の鳴くような声で、まだしぶとく大口を叩く。パンチドランカーならぬただのドランカー。立て! 立つんだ兵義!!

ダメだったか〜!
コテっと寝に入る小泉氏。
「あ〜あ、マスター寝ちゃったぞ」とみんなで店を片付け始めるお客さんたち。風邪ひかないように毛布と枕を持ってきて、店をあらかた片付けて、ひとり、またひとりと帰っていく。

そして、小泉氏ひとりを店に残し、静かにシャッターを閉めてお開き。小泉氏は、このまま朝まで深い眠りについたのだった。

そして翌日、「ここはどこだ!? 俺はなんでここで寝てるんだ!?」とものすごい驚いて飛び起きたとのこと。「昨日大丈夫だった? 今日は大丈夫なの?」と尋ねた人がいたが「今日? 開けられるわけねーだろ」と一言を残し、ボロ雑巾のような姿で帰宅の途についたという。

そして開店第2日目の10月6日。このシャッターが開くことはなかった。開店初日で飛ばしすぎて、1日のみで閉店。また高円寺に新たな伝説が刻まれた。果たして、この固く閉ざしたシャッターが再び開くときがくるのか?

「小泉自販機コーナー」。明日から毎日、生きてるかどうかをみんなで様子を見に行ってみよう!

小泉自販機コーナー
杉並区高円寺北3-4-12