あまりにヒドイので、たまには真面目に。
あいちトリエンナーレの補助金の交付をやめると、突如文化庁が発表した。展示内容ではなく手続き上の問題だとのことだけど、ま、内容の問題だろうね、どう見ても。多くの人が指摘しているように、こんなことがまかり通るなら事実上の検閲と同じで、表現者の自由な表現も妨げられるし、企画を主催運営する側も人選や作品内容でいろいろ無駄な気を遣ってしまい、萎縮しちゃう。こんな文化庁の手法が通るなら、「よくよく調べたら10年前のイベントに問題あったから、お金返せ」なんていうことになりかねない。こんなバカな話はない。いまさら遅いとはいえ、今からでも文化庁はその決定を撤回するべきだ。
ちなみに、検閲が得意なところとしては中国もある。何を隠そう、つい最近、自分の本も中国の検閲にかかって発売不許可になった。『世界マヌケ反乱の手引書』という本が中国の出版社から出る予定で、一次審査は通ってたんだけど、最終審査の段階で、中国共産党の出版の認可をする部署(地方政府のまさに文化庁的なところ)が、その本の内容を一字一句精査して最終的に「ダメ」となったとのこと(やばい、そこまで熟読されるとちょっと怖い)。ま、具体的には「日本だろうとアメリカだろうと中国だろうと、どんな政府でも信用できないから、自分たちの力でやるのが大事」という趣旨がダメだったんだろう。でもまあ、いろいろ厳しい中国だし、「あちゃー、ダメだったかー」っていう宝くじ外したみたいな感じで思ってるけど、やはり残念、チキショー! あれ、いい本なのに! しかし検閲ってあるんだね、本当に。日本政府も、いまや大国と化している中国の統制方法を学んでいるのかもしれない。おい、そういうところは真似しなくていいよ!
それと、もうひとつ似てるのが、お隣韓国のの話。10年ほど前の盧武鉉政権の時までは若者や芸術に積極的に補助金を出す政策だったんだけど、ザ・ビジネスマンの李明博大統領になった時に、その辺の補助金が軒並みカットされ、アートスペースやイベントなどが激減したという。これも表向きには思想検閲ではなく「金にならないもの」をカットした政策。ただ、若者や芸術家は基本的に社会を皮肉ったり批判的な態度の人が多いという理由も少なからずあっただろうから、これもソフト検閲の一種だと言える。
さて、あいちトリエンナーレの話に戻る。で、いざ検閲って話なって来ると、それに通るものは基本的にお墨付きのあるものだけということになる。ということは、政府公認で「この作品は無難で特に差し障りのないものです」と言われてることになり、これは作家としてはとんだ不名誉にしかならない。これじゃ、将来的には「え! あの人、〇〇芸術祭に選ばれたの? ダセー!!! まあ、前々からつまんない作家だと思ってたけど、やっぱりそうだったか~」なんてことになるかもしれない。
「プロパガンダ芸術」というのがあるが、これは政府の政策や指導者を賛美したり美化したりするものがわかりやすい。でも、実はわかりやすく直接賛美するものだけではなく、政府の方針に楯突いたり、社会に荒波を立てたりしないもののみを、偶然ではなく意識的に集めたものも、十分な「プロパガンダ芸術展」だ。今回の文化庁の決定は、まさにそこへ一歩踏み込んだ状態で、今後、日本の公認芸術イベントがそんなことになったら、もう恥ずかしくて海外を歩けない(笑)。
「若い人たちは政治について語りたがらない」とか「面倒なことに首を突っ込みたがらない」とか嘆く人は多いけど、次世代の人々をそう仕向けてるのは完全に政府であり、今の日本社会だ。今回の文化庁の決定がこれを如実に表している。これがさらに検閲社会が進んでいったら、もう目もあてられない。
あ、念のため言っておくけど、検閲は最悪だし、そんなものは止めさせないといけないのは確かだけど、検閲社会の下でもいくらでもやりようはある。例えば、なにかと厳しい中国でも、芸術家やミュージシャン、文筆家などは、あの手この手を使っていろんなものをかい潜りつつ、表現をしまくっている(たまにミスって捕まるけど)。空気を読みすぎたり、無意味な自主規制をしがちな日本にはないアグレッシブさが炸裂しまくっていて、アンダーグラウンド文化に限っては日本より自由な雰囲気が漂っている。とは言っても、実際にいろんなものに制限がかけられているのはすごいストレスで、そんな規制は少ない方がいいに決まっているけどね。
さて、また戻って今回の件。もちろん文化庁が補助金の不払いに踏み切った決断に問題があるが、その背景には自民党政権の政治姿勢がある。政権は関係なく文化庁が急におかしくなったわけではない。韓国で李明博政権になった瞬間に文化、芸術、若者などへの補助金を減らしたように、日本の現政権も芸術や文化のように「役に立たない」「金にならない」ものの果たす役割を全く理解していないということの反映だ。それに、社会のしがらみやら抑圧から解放された状態で自由に表現できる状態を確保することは、芸術はじめ表現活動の基本中の基本だけど、それすら理解してないに違いない。本当に金の使い道をわかってない奴らだ~~~。まあ、昨今の自民党政権、特に安倍政権の流れを見ていると、こうなっちゃうのもとても順当な流れだけどね~
と、いうことで、今回の問題の根本的な解決は、最終的には自民党政権を倒す以外にはない。もちろん、とは言っても他の政党がどれもロクでもないのも確か。と、なったら、どんな政党が登場しても、次から次へ倒していけばいい。はい、ダメ~、次。はい、またダメ~、次。次もダメ~、はい順番待ちの人~。こんな感じ。政治家や政党の奴らを少しはビビらせないといけない。そうすればいつかはマシな党が出て来るかもしれないし、敗退した党が少しマシになって敗者復活を狙って来るかもしれないし、少しずつ社会は良くなって来るはずだ。
最もいけないことは、政府がヒドイことをした時に放っておくこと。そうすると、「あ、これやっても大丈夫なんだ」と、政府のやっていい悪事レベルが少しずつ上がってしまう。
さあ、みなさん。とりあえずは文化庁の決定を撤回させ、最終的には自民党政権を滅亡させるしかないね〜。それと同時に、どんな社会の下でもなんでもやってやろうと、虎視淡々と網の目を見極めつついろんな芸術やら表現やらをやらかす準備もしていきましょう~。楽勝、楽勝。押さえ込む力よりより、それを潜り抜ける力の方が優っているのだ。この二本立てで少しは明るい未来に近づくに違いない。